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今回短いです。
まだ王かもわからない相手にかしこまった態度は取らない。何もわからないうちは、彼はマーヤの店の従業員なのだから。
「サフスの娘? 貴族なのに変わり者で有名なあのサフスの娘か?」
貴族なのに変わり者で有名──全然嬉しくない貴族内での評価に、マーヤは怒りを通り越して自分に呆れてしまった。
確かに、貴族同士の結婚が主流の中、流れ者の女を妻に迎えたサフスは変わり者と呼ばれている。しかし、サフスが変わり者と呼ばれている理由はこれだけではない。
一番の大きな理由は娘自慢だ。
一人しかいない娘の可愛がりようは凄まじい。マーヤが幼いころにプレゼントした手製の手巾など、擦り切れるほど使い込み、今でもそれを大事に持ち歩いている。そして、誰かから娘について尋ねられようものなら、日が暮れるまで話し込むという。
マーヤはそれを、サフスの友人である商人のコムルから聞いた時には恥ずかしくて堪らなかったものだ。
そんな変わり者の大臣の娘をわざわざ、なぜ大妃が選んでくれたのか、本当にわからない。
「婚約者か。確かに母上が誰か選んでいると聞いていたが、まさかサフスの娘だとは知らなかった」
「誰に決まったかご存じなかったのですか? 私はてっきり新しい花嫁の偵察に行かれたのかと」
「よくわからないな。考えてもみてくれ。俺は金の動きを知りたくてサム氏の店で働いたいただけだ。彼女に会ったのはサム氏が紹介してくれたからだぞ? 仕組んで彼女の店に入った訳じゃない」
つまり彼は何も知らなかった。否、興味がなかったのだろう。
だから母である大妃に全てをまかせ、誰が婚約者になるのか聞かずにいた。マーヤの感情が一気に沈みこむ。
相手は最初から自分に興味なかったのだ。次が誰になろうと関係ないとでも思っていたのだろうか。
きゅ、と握る拳に力が入る。段々腹が立ってきた。
何故急にこんな展開にならなくてはいけないのだろう。
──相手が興味なくたって良いじゃない。むしろ大歓迎だわ。あたしだって興味ないんだから!
訳のわからない苛立ちを感じながら彼らを置いて歩き出す。
「マーヤ、どこに行くんだ」
「……店に帰るに決まってるでしょ! あなたは早く戻りなさいよね!」
進めていた足を止め、これでもかと言うほど睨みつけてやった。
カダラが一気に顔を青くさせたが、気にしない。
「あそこの店で働いているうちはあなたはあたしの従業員なんだからね! 敬語も使わないし姿勢なんて正してやらないわ」
これだけ言えば婚約も破談。店にも来なくなるだろう。
不敬罪として捕まったら──逃亡でもしようかな。
マーヤは彼らを残してそのまま店へと歩いていく。
その後姿を、王とその側近が唖然と見つめるのも構わず、マーヤの頭の中はわけのわからない苛立ちで埋め尽くされていた。