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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
一、突然の結婚
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 結婚。それは女なら誰しもが憧れるであろう、長い人生の中の最も幸せな一時。

 花嫁衣装に身をつつみ、恥じらう様に初々しく頬を染めて、契りを結ぶ夫となる男の腕に、その白い手を添える。

 まさに、夢に見た最高の瞬間である。

 結婚までに行くには三通りある。勢いで結婚してしまったり、じっくりと何年もかけてから結婚したり。あるいはお見合いなど、恋愛をすっ飛ばしたりする事もあるのだ。

 かく言う、大臣の娘ならば後者になる確率は高い訳で……。

 サーハルジア王国の第二大臣の娘マーヤはその確率に引っかかってしまっていた。


「ちょっと……もう一度言って下さいます? お父様」

 マーヤは父親であるサーハルジア王国の第二大臣サフスの目を睨み付けた。

「そろそろお前も年頃だ。十六の娘ならばしてもいい頃だろう」

 サフスは至極簡単に言った。マーヤの拳に思わず力が入る。

「だからってどうして結婚しなきゃならないのよ!」

「いいじゃないか、結婚。王様とだぞ? 玉の輿だろう」

 そう。マーヤの婚約者はこの国の王、その人なのだ。普通であれば大喜びする場合なのだが、王には一つ、問題があった。

「ふざけないで。何が玉の輿よ! だいたい、王様はもう二人も奥さんがいるじゃないのよ」

 この国の若き王にはもうすでに二人の妻がいる。ならばもう必要ないではないか。三番目だなんて立場的にもあまり強くないのだから。

 マーヤの言葉にサフスは腕を組んで唸った。サフスも同じ様に思っているのだろう。

「まあ……それもそうだが、大妃(おおきさき)様から言われてしまってな」

「大妃様? 王様のお母様がなんであたしなんかを選ぶの?」

 王族と会う機会なんて大臣の娘のマーヤでさえ滅多にない。ましてや、王様の母親に会える事なんて一生に一度あっていいかくらいだ。

「さあな。大妃様がとてもお前を気に入っていらして……。まあ、あれだ。俺の出世にも繋がるんだ。頑張れよ」

 憎らしいほど爽やかな笑みを浮かべてサフスが言う。つまりは自分の出世の為に娘を売ると言う訳か。

 いや、どのみち大妃が大臣の娘を欲しがるのはあり得る事で、そうした場合、断る事は不可能だ。

 しかし、何だろう。頭ではわかってはいるのだが、とてつもなく腹が立つ。

「まあ良いじゃないか。妃だぞ? 贅沢し放題さ」

「何言ってるのよ! 二人もいるんならドロドロネチネチの陰湿なイジメにあうわ。あらごめんなさい、とか言って平気な顔で足とか踏んで来たりするのよ!」

「マーヤ……」

 ため息と共に父親が呼んだ。

 何よ。困るのはお父様じゃなくてあたしなんだから。

「……とにかく。あたし結婚なんて嫌よ。お店だってあるのよ?」

 マーヤには自分で経営する店がある。貴族の娘である前に、商人なのだ。

「店は畳むしかないだろう」

「い、や! とにかく結婚なんて絶対、絶対絶対しませんからねっ!」

 マーヤはそう言うなり自分の部屋へと駆けた。背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえたが聞こえないふりをした。

 部屋に入ると、丁度掃除をしていた侍女のジーナがいた。

 黒くて長い三編みが振り返ると同時に揺れる。

「お嬢様、旦那様とのお話は終わりましたか?」

 緑色の瞳が見つめてくる。ジーナのこの瞳がマーヤは好きだった。何故かとても安心できる。高ぶっていた感情がジーナの顔を見た瞬間少し和らいだ。

「……ええ。終わったわ」

「何か嫌な事でも?」

「ほんっと、最悪よ。最悪」

 ソファーに身を投げ、大きなクッションに顔を埋める。柔らかいクッションはマーヤの顔を程よく埋めてくれる。ふかふかとした綿の感触に、ついでに溢れてきた涙も押し付ける。

「ジーナ。あたし結婚するんだって」

「……はい?」

 さすがのジーナもこれには驚いた様だ。カランカランと箒が落ちた音がした。言うなら勢いのまま言う方が楽だ。そのままマーヤは言葉を続ける。

「それもよりによって、もう奥さんが二人もいるの」

「そんな所に嫁ぐんですか?」

 確かに、大臣の娘ならば第三夫人になる事もないはずだ。──相手が王様じゃないならば。

「どこのどなたです?」

「……この国の王様」

「はい?」

 今度は水の入ったバケツが倒れた音がした。続いて慌てて床を拭いているらしい、びちゃびちゃと水分を布で拭う音がする。

「では第三王妃様ですか」

「ええ、そう。でも出来る限り足掻くわよ。だって嫌じゃない。初恋もまだなのよ、あたし」

 ふてくされていると、自分の頭を撫でられた。

 あまりジーナとは年差は変わらないが、昔から自分のそばにいてくれる彼女はマーヤにとっては姉であり、母親だ。

「もし、結婚なさってもどこまでもついて行きますから」

「うん。……ありがと、ジーナ」

 結婚などしたくはない。政略結婚なんて論外だ。しかし、そうした責務は貴族に産まれてきたからであって、容易に断ることは不可能だ。覚悟を決めるしかないが、それも今はまだ覚悟など固まらない。

「さあ、お嬢様。いじけていないでそろそろ仕事なさいませんと」

「そうね。そうよ、あたしにはお店があるんだものね」

 マーヤはクッションに顔を埋めたままため息を思いっきり吐き、体を起こす。ジーナに手伝ってもらいながら紫色の衣装に着替え、同じ紫色の花の髪飾りを自分の金髪の髪につける。それから気合いを入れる為に自分の両頬を引っ張たく。

「よし! 出掛けるわよ、ジーナ」

「はい、お嬢様」


    ***

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