現実がダメなら妄想に逃げ込めばいいのに。
仕事と執筆につかれたんだよう、妄想書き散らしてみたかったんだよう、ゆるしてくれよう。
「なー、ローラ……」
トコトコと軽い足音がして、ローラが私の隣に正座する。寝転がってノートPCで書き物をしていた私は翡翠色の彼女の瞳を下から見上げると、物言いたげな彼女にマグを押し付けた。
「ビール、もうひとつ」
空の缶を振って、お代わりの要求。
「飲み過ぎです」
少し困った顔をして、私からマグと空き缶を受け取るとローラがキッチンに戻ってゆく。
「すこしお待ちくださいね、いま何かお作りしますから」
ビールを注いだマグと残りの入った缶をサイドテーブルに置くと、そう言って彼女はキッチンに戻って料理にとりかかる。週末の買い物を済ませたとはいえ、マンションに備え付けの1ドアの冷蔵庫だ、さして物が入っている訳でもない。
金属の当たるカシャカシャという音、バターの溶ける甘い匂い。プレーンオムレツでも作っているのだろう。
「それ、できたらトマトジュースも持ってきて」
ロング缶を3本目、さすがに少し飽きが来たところだ。
「はい、我が君」
コトリ、と白い小皿を置いてローラが三分の一程ビールが減ったコップにトマトジュースを継ぎ足してくれる。
「ローラも飲む?」
一口のんでからマグを彼女に押し付ける。
「……では、すこしだけ」
受け取ったマグから、クピクピと二口ほど飲むと、ローラは少し困った顔をしてマグを私に返してきた。
「なんだか、不思議な味です」
美味しくなかったらしい。
「そっか、そりゃ残念だ」
帰ってきたマグを受け取ると、私は一息に半分ほど飲み干した。
「よっこいしょ、お、これは美味しそうだな」
卵1個分くらいか、よくまあこれだけ小さく作ったもんだというくらい小さく作られたプレーンオムレツと、横に添えられたブラックオリーブをつまみに、私はレッドアイを自分用に、ローラにはトマトジュースをグラスに注いで手渡した。
「卵、買ってくればよかったですね」
荷物が多かったので割れたら嫌だなと、後回しにして結局わすれちゃったという、実にありがちな展開で1個しかない卵で作ってくれたらしい。
「明日朝から買いに行けばいいさ」
箸で四分の一ほどに切ってつまみ上げる、すこし意地悪しようとローラに向かって箸を差し出す。
「あーん」
え?という顔をしたあとに、やっぱり少し困った顔をしてローラが口を開ける。
頬を染めて、恥ずかしそうにニョロンとたれてしまったエルフ耳がかわいい。物言いたげに見つめる彼女に微笑んで、私は自分のぶんを箸で摘むと口に運んだ。
「うん、美味いな。でも自分で食べるから、ローラにあーんしてもらうとかは無いからな」
すこし寂しそうな顔をする彼女に意地悪をしながら私はパクパクと遠慮なく残りを食べてしまう。
「このトマトジュース、甘いですね」
パッケージにでかでかと、”あまいトマト”と書かれているだけあって、甘すぎてレッドアイがなんだかよくわからないカクテルになっている位だ、そのまま飲めば甘いだろう。
「そうだね」
ジュースを足さず、ひたすらビールだけを継ぎ足してごまかしながら、さらに一缶を開ける。
「わが君」
となりで相変わらずトマトジュースをチビチビ飲みながらローラが私を見つめる。
「もう、だめですよ?それでおしまいです」
私からマグを取り上げサイドテーブルの上を手際よく片付けにかかる。立ち上がってキッチンに行こうとした所で袖をかるく摘んで彼女を呼び止めた。
「?」
重ねた皿をテーブルに戻すと、ストンと私の隣にローラが座る。
ぐいと引き寄せて、腕の中に掻き抱いた。
「わ……わがき……んっ……」
抗議の声を上げるローラの唇をふさぐ、長い銀髪からふわりとバラ油の香り。
「今日のキスはトマト味だ」
長い耳の先まで真っ赤にした彼女を抱きしめる。お日様の匂いのするエプロンドレス、ふわふわの髪、細い肩。抱きしめているから顔は見えないが、きっとやっぱり少し困った顔をしているのだろうな。
「わが君……お片づけしてから……、そしたら膝枕して差し上げますから」
休みにかこつけて無精髭を伸ばした私の頬をそっと撫でて耳元でローラがささやく。涼やかで優しい声。
「わかった」
細い肩、細い腰、メイド服越しにでも判る柔らかでしなやかな手触り、そのまま押し倒したいのを抑えて私は素直にローラを離す。べつに意地悪だけをしたいわけじゃないのだ。
ロングスカートを翻し、洗い物をもってローラがキッチンに向かう。もういつからだか忘れてしまうほど、ずっと一緒に過ごしているローラの小さな背中、それがそこにある幸せと安心感。
……この後、滅茶苦茶セックスした。
すまない、長編を書く作業に戻ります……。