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潜在意識の中から [Subconsciousness]

『悩みの種』

作者: 中之 吹録

 今日は朝一番から”その話”で社内中が沸き立っていた。

 生存率はほぼゼロ、余命半年と言われた不治の病と見事3年間に渡って闘ってきた彼が奇跡の復活を遂げ、いよいよ出社する日が訪れたのだ。


 当然、幼馴染で同期入社の3人にもその話は耳に届いていた。

 喫煙室で煙草を吸いながら、3人の話題は彼の話で持ちきりだった。


 A:「あいつ、遂に克服したんだってな。凄いよな。よく頑張ったよな。午前中に挨拶だけの出社だったっけ。後でみんなで会いに行こうぜ!」

 B:「そうだな、奇跡としか言いようが無いね。昔からあいつはそういう所は運がいいからな。」

 C:「確かにそうだ。でも、闘病生活は俺らの理解出来ないような苦痛と苦労の連続だったと思うんだけどさ、お前らだったら余命半年の宣言受けたとしたらどうする?」

 A:「俺かい? そうだな・・・俺だったら、まずは会社辞めて、家族と一緒に残りの時間を過ごしたいな。仕事優先でカミさんともいい時間を作れなかったし息子はまだ小学生だからな。今まであまりかまってやれなかった分をその半年で取り戻して、幸せに終わりたいな。」

 B:「Aはやさしいからな。俺は逆で、まずは速攻で離婚だね。うちのやつとはお前ら知っての通りで、社内恋愛の出来ちゃった婚で仲はあまり良くないしね。多分、看病も期待は出来ないと思う。で、退職して退職金で体が動くうちは遊びまくりかな?で、金が尽きて病気の前に野垂れ死にか飲んだくれてどっかで倒れて運ばれる救急車の中で大往生!これでしょう。で、そういうお前はどうなのよ?」

 C:「豪快が売りのBらしいね。俺かい・・・お前らの話、どっちも美味しいよな。でも、きっと俺は自然に任せるんじゃないかと思うよ。社内規定の打ち切り解雇が1500日だろ?まあ、そこまで生きてるかどうかは分からないけど、在籍して傷病手当もらって在宅か入院か・・・後は家内次第だな。看病で疲れて出て行くもよし、ずっと連れ添ってくれるのもよしって所かな?」

 B:「ふーん、意外だな。お前が一番派手に行くと思ったんだけど。」

 A:「おれもそう思った。意外とベタだな。」


 Aが何気なく腕時計を見た。休憩時間を少し回っていた。


 A:「あ!ヤベェ!休憩時間過ぎちゃったよ。戻ろうぜ。また後でな!」


 3人が喫煙室を出ようと出口を見上げた時、彼はガラス越しにその3人の姿を見つめていた。

 やせ細って青白い顔をした彼を思い出すのに時間は掛からなかった。3人は喫煙室を出て、すぐに彼の周りを取り囲んだ。


 A:「おお!良かったな。治ったんだって?ちょっと痩せたけど、元気そうじゃないか!」

 B:「戦いきった戦士の顔だね。俺には出来ないな。復帰おめでとう!今度は職場で戦おうぜ!」

 C:「退院おめでとう。すまなかったね。俺たち最初の頃しか見舞いに行けなくて。」

 彼:「いいよ、気にするな。返ってこっちが気を使う。ちょうど良かったんだ。」


 彼は3人を上目遣いでジロリと見渡し、何かに憑かれたような面立ちでポツリと口を開き始めた。


 彼:「いいよな、君たちは健康だ。話は外から聞こえたよ。でも話のように上手く世の中は回らないものさ。最初の3ヶ月は妻が身を挺して一所懸命に看病してくれた。私も少しは元気だったからね。あの頃が幸せの絶頂期だったよ。で、宣告の半年が過ぎた頃、家内は看病に疲れ始めた。俺も体調が下降し始めた時期だった。毎日来てくれた妻が2日に1回になり3日に1回・・・だんだんと来る回数も減ってきて、子供たちや親類もあまり見舞いに来なくなった。9ヶ月目・・・だったかな?家内は看病に疲れたと言い残して私に離婚届を置いて消えていったよ。きっと必至の看病もきっかり半年で死ぬのが前提だったんだな、彼女の中では。期限が有ったからこそ身を捧げて尽くせたんじゃないかと思うよ。彼女の気持ちが解るだけに辛かったよ。悲しかった。そして悔しかった。家族ってこんなものかと恨んだね。死なない自分にも腹が立ったさ。そして1年が過ぎようとした。俺はまだ虫の息だったが生きていたよ。その頃、主治医から治験の話が持ち上がってね。この病気を何十年も研究してきた医学博士と大学の医療チームが病院代も持つんで是非とお願いに来たさ。俺は迷ったよ。もう家族はいないし、生きていても楽しみ以前に幸せを失っていたからね。しかも治験の成功率も俺が1例目なんで、どうなるか分からないし。いっそこのまま静かに死にたいと思ったね。でも考えた。どうせ死ぬなら何もしないで死ぬんじゃなくて、次の人の為にでもなるんなら治験で死んでもいいかな?ってさ。今まで人の役に立ったことなんて無かったからね。で、それから2年。かなりきつい薬だったよ。TVでよく見る抗がん剤の副作用の比じゃなかったね。髪の毛こそ抜けなかったけど、副作用は、多分倍近かい苦しみだったと思うよ。薬を打つたびに体の中で虫が這いずり回るような感覚と吐き気、めまい、幻聴、幻想、全身も内側から焼けるような熱さだったし、耐え切れずに現に4回心停止したからね。4回もだよ。途中で何回も治験を止めようと思ったけど、ここまで来たらと思ってもう少しだけ頑張ってみた。で、1年経った頃から少しずつ体調は良くなって来たさ。そして治験開始から23ヶ月だ。遂に主治医と治験医から完治の宣告をされた。で、リハビリをしながら出社って事になったんだが・・・」


 3人は顔を見合わせ、ほぼ同時に、「じゃ、良かったじゃないか!」と口を揃えて彼に言った。

 彼は少しの間、天井を見つめ、そして空を仰ぐように息を吸い下に向かって大きくため息をついた。


 彼:「そうじゃないんだ!たった1つだけ問題があってさ。これが悩みの種なんだよ!」

 細い声だったが、雄叫びをあげるように力強く叫んだ。彼は相当その問題に悩んでいるらしい。


 A:「悩みって・・・病気も治ったし、何もないだろうさ。」

 B:「そうだよね。外見上は問題ないし。」

 C:「いや、悩みは悩みさ。俺たちが力になれるかもしれないし、言ってみなよ。」


 彼はポツリと話し始めた。

 彼:「実はね、治験に使った新薬はある特殊な酵素とバイオテクノロジーの最先端の産物なんだ。で、完治するとその後遺症が残る訳なんだが・・・」

 ABC:「後遺症???って?」

 彼:「歳を取る速度が極端に遅くなるらしいんだ。医者の計算によれば、あと300年は生きるらしい。この薬、健康な人に使っても同じ症状が出るんだってさ。俺、独りじゃ300年も生きられないよ。もう独りはたくさんだ!どうだ?君らもこの新薬を使って俺と一緒にあと300年、俺と一緒に友達でいてくれないか?頼むよ!もう俺には幼馴染の君らしか残ってないんだよ・・・ちょっと考えておいてくれ。返事は後で聞きに来るから。」

 彼はそう言い残すと、何事も無かったような表情で挨拶回りの為に事務所の中に入っていった。


 幼馴染の3人はその場で顔を見合わせた。お互い、何か少し恐怖さえ感じていた。

 誰も会話が出来なかった。いや、声が出せなかったというのが正しい表現かもしれない。


 3人はその場所に立ったまま氷像のように凍り付いていつまでも動くことが出来なかった。

 そして3人が3人とも「これだけは絶対ムリ!」と思っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 長生きには代償が必要で、「そりゃ勘弁」というのが話の筋でしょうか。 二年半の苦しみと家族の離反だけがリスクっていうのが少ない思います。 人によってはそれくらい余裕ーってことになりそう。 ・二…
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