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第四章 真実はいつだってくだらない 【2】

 父親と共に街に視察に行った領主は、こっそりと人の波に紛れて父の目を自分から逸らしたそうだ。一人になった領主は勝手気ままに街をうろついたらしい。が、何分子供の足だ。すぐに疲れて路地裏でへたり込んだという。

『腹も減って途方に暮れていたところに彼女が現れた』

 僕達の頭に一人の少女の顔が浮かんだ。領主の思念がその子の姿を僕達の脳裏に描き出したのだ。彼女はどことなく、セイルに似ていた。

『彼女は手にしていたパンを私に譲ってくれた。嬉しくて泣きじゃくる私を、優しく慰めてくれた』

 しばらくそこで二人でいたら、父親の部下達が探しにやって来た。彼らに連れられて領主は無事、屋敷へと帰還した。

 少女との別れ際に、お礼として自分がつけていた銀細工の首飾りを譲ったという。

『すぐにでもまた彼女に会いたかったのだが、あの日以来、父は私を視察には連れて行ってくれなかった』

 こっそりと屋敷を抜け出そうにも、見張りを強化されて出来なかったらしい。で、領主は考えた。自分が早くに父の跡を継げば、好きなだけ視察と称して少女に会いに行けると。その努力は実を結び、彼はかなり若い年齢で領主となったそうだ。

 あの時必死になられてたのはそんな理由があったのか、とそんな声が僕の後ろから聞こえた。

 喜び地に浮きあがった領主の足は、すぐに叩き落とされることこなる。領主就任と同時に結婚することが決まっていたらしい。

『私はすぐに反発した。だが、両親は聞き入れなかった。それどころか結婚を承諾しないというのなら、領主就任は取り消すとまで脅して来たのだ!』

 落胆した領主は渋々祝言を上げ、そのまま自堕落な生活に突入となったらしい。跡継ぎをと言われたでエルザを作ったとまで言い出した時は、周囲から殺気のようなものが湧きあがっていた。熱弁振るう本人はちっとも気付いていないようだったけど。

 そして、ある日気まぐれに視察に向かった領主はそこである少年を目にした。彼の胸を飾る首飾りは、かつて領主が初恋の少女に贈ったものだった。その少年こそがセイルだった。すぐに彼に話しかけ、彼の母親は間違いなく少女だと領主は確信したらしい。

『聞けば父の顔も知らないと言う。きっと彼は神が私に与えてくれた贈り物だと信じたよ。彼女が亡くなったのは本当に残念であった。だが、彼女の子だ。私がセイルの父親となれば、それはすなわち彼女の愛した男も私ということになる』

 ……このおっさん、頭のネジが外れてるんじゃないか? 誰もが絶句していることを良いことに、領主は自分の『美談』を話し続けている。

「ふざけないでよ」

 静かな声が、領主の話を遮った。主の声だ。主は怒っていた。心底。僕は初めて主のあんな声を聞いた。

「自分の思い通りにならなかったから、領主様が勝手にいじけてただけじゃない! セイルくんたちをどれだけ苦しめていたのか分らないの?」

『うるさい。魔女よ、お前がどんなことを言おうが知ったっことか。それに私はセイルを苦しめてなんかおらんぞ。なぁ、セイルよ。私はお前の良き父であろう』

 この期に及んでいけしゃあしゃあと。ジンガの話に聞いた以上に、ろくでもない男だ。それにコイツ、今の今までエルザと会話しようとしない。建前を脱ぎ捨てた本心とはいえ、いくらなんでも酷過ぎる。

 主の隣でうつむいていたセイルが顔を上げた。その表情に、僕は今日何度目かの驚きを覚えた。

 セイルは笑っていた。

「エルザ様に謝罪してください」

 飛び出た言葉はきっぱりとしたものだった。

『セ、セイル。何を言っているのだ』

「領主様、早くエルザ様に謝罪なさってください。もちろん奥様や屋敷の皆さんにも」

 そういえば昔、お師匠が言ってたな。人間本当に怒りの臨界点を突破すると笑顔になるって。つまり、今のセイルはそんな状態なんだろう。

 セイルの変貌に、領主はあからさまに戸惑っているようだった。だけど、彼を味方しようとする人間は一人も現れなかった。むしろもっと言ってやれみたいな雰囲気が漂っている。

『どうしてそんなことを言う? 私はお前に私が残した全てを譲ろうとしているのに』

「いりません。一つも。僕はあなたの息子では有りません」

 決定的な一言に領主の幽体が、ぐにゃりと揺れた。そのまま消えさると思ったが、しぶといことにまだ彼は姿を保っている。そんな彼にセイルはとどめを刺した。

「僕の父親はあなたではありません。だから、母さんが愛した人はあなたじゃない。僕の父親は別の人です」

 悲痛な悲鳴を残して領主の体を作っていた光は霧散した。同時に宙に浮いていた首飾りが祭壇の上に音を立てて落ちた。

「リュノ、ありがとう」

 いつもと同じ優しい声でセイルが言った。

「そんな、むしろ私のせいで」

「いいんだ。逆にはっきり出来たから楽になったよ」

 セイルのその言葉は、取り繕っている印象は無かった。彼は握ったままだった主の手を放し、周りをぐるりと見渡した。

「エルザ様、奥様に皆さん。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」

 そうして彼は深々と頭を下げた。


  * * *


 夜が明けて、主と僕はセイルの部屋にいた。彼の荷造りを手伝うためだ。といってもそんな量は無く、主が手を貸せることはほとんど無かったが。

「これで全部です」

 小さな鞄の口を締め、セイルは改めて僕達のほうを向いた。そことなく彼はふっきれたような表情を浮かべていた。

「リュノ、ラース。本当にありがとう」

「セイルくんは、これからどうするの」

 昨晩、全員の前でこの屋敷から出るとセイルは申し出た。自分はここにいるべき人間では無いから、と。引き留める人はいなかった。薄情だと僕は一瞬思ったが、それよりも皆まだ混乱が解けていないのだろうと思い直した。領主の話はいろいろと衝撃的過ぎた。

「とりあえず、元の家に帰るよ。そこからはそれから考えるさ」

 急に扉が開かれた。そこから現れたのはエルザだった。セイルは立ち上がり、エルザに向って頭を下げようとする。が、それは彼女によって止められた。

「お前に渡したいものがある」

 そう言ってエルザが差し出したのは、銀細工の首飾りだった。

「お前にとっては母の形見でもあるだろう。それに、私も改めてお前に贈りたいんだ。その……姉としてでだな」

 エルザの言葉にセイルが弾むように顔を上げた。エルザの声は穏やかなものだった。

「血の繋がりはなかったが、一時でも姉弟でいた仲だ。私の中でお前に対する情というものが芽生えていた。あの馬鹿父のことは別に置いといて、それでも私はお前に姉としての証を送りたい」

 どうやら彼女もいろいろとふっきれてしまったようだ。馬鹿父という単語から察するに悩んでいるのが馬鹿馬鹿しく思えてきたのだろう。

 セイルは首飾りとエルザの顔とを見比べている。やがて、エルザの手から首飾りを受け取った。

「ありがとう、ございます……姉さん」

 姉と呼ばれてくすぐったく感じたのか、エルザは不器用に微笑んだ。

「良かったね、セイルくん!」

 自分のことのようにはしゃぐ主に、セイルは何度も何度もうなづいている。僕もその光景を見て、ようやく心が晴れ晴れとしたものとなった。

「エルザ様、もうそろそろよろしいですか。つーか、もう限界です」

 扉の外からジンガの声が聞こえた。瞬間、扉が開かれて廊下から使用人たちがどどどと部屋に流れ込んできた。もちろんその筆頭に立っているのは、あの賑やかなおっさん集団だ。

「坊ちゃま! いつでもこの屋敷に戻ってきてくださいよ」

「そうですぞ。もし気おくれなさるなら、この爺の孫となっていただいても構いません。今すぐにでもそうしていただいても構いませんぞ」

「困ったことが有りましたら、すぐにお助けに参ります」

 みんな口々にセイルに向かって話しかける。同時に口を開くものだから、完全に不協和音になって何を言ってるんだかちょっと聞き取りづらいが。それでも、ちゃんとセイルに届いたらしい。彼の目元には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「母上は馬鹿父のせいで寝込んでいるが、きっと前よりはお前にきつく当たることはないだろう。だから、セイル。いつでもこの屋敷に戻って来い」

「いつでもなんてエルザ様、坊ちゃまはこのままお引き留めなさったほうがよろしいですぞ」

 おっさんの一人がそう言うと、使用人たちは皆うなづいた。

 僕はセイルの顔を見る。彼はどこか複雑そうな顔をしていた。それでなんとなく彼の気持ちを悟る。少しここから離れて落ち着きたいみたいだ。領主の霊の前で啖呵を切ってはいたが、やっぱりいろいろと思うことがあるんだろうな。

 主もそれに気付いたようだ。セイルの気持ちを代弁しようとしているのか、口を開いてはいるが使用人たちの声に圧倒されてかき消されている。

「セイル様は、やりたいことがあるからここを出るんですよ」

 矢が放たれたように、ジンガの声が部屋に響いた。とたんに皆は口を閉じて、部屋の入口に立つジンガのほうを見た。彼はとてつもない上機嫌な笑みを浮かべていた。

 ……イヤな予感がする。あの笑顔は何か企んでいる時に見せるのと同じものだ。

「セイル様は今回の件で、魔術に興味を向けられたらしいのです。それで、リュノに弟子入りしたいと昨日相談されまして」

 何を言い出すんだこの男は! 主のほうを見れば、唖然とした顔をしていた。隣に立つセイルもだ。だけど、みんなジンガに集中しているから、それに気づいていない。

「ということで、リュノ。セイル様をお頼みするぞ」

「え、いやジンガ兄さん。いきなりそんなこと言われても。私まだまだ駆け出しで」

「はっはっは。何を言うんだ。駆け出しだろうが、お前は一人前の魔女。弟子の一人とっても大丈夫だろう」

 確かに一人前と師から認められれば、魔女は弟子を取ることは出来る。と、言うかセイルの意思はどうなる。勝手に決め付けるなよジンガ。

「僕からも、お願いしていいかな。リュノ」

「セ、セイルくん。そんな本気なの?」

「うん。ジンガさんの言う通り、ちょっと魔術に興味が湧いてたんだ」

 弟子入りに関しては相談してないけど、と小声でセイルは言葉を付け足す。というか、セイルはすっかりその気になってるみたいだ。

 二人の会話を聞いていた使用人たちも、口々にセイルを頼むとか主に言い出してきた。おまけにエルザまで頭を下げているし。

 ジンガを見れば、こちらに親指を上に立てて見せてくる。アイツ、絶対面白がっているだけだ。

 この状況、これはもう詰んだな。皆にここまで懇願されたら、お人好しの主は断ることは出来ないだろう。こうなれば、後は時間の問題だな。

 主はすっかり困り果てた様子で、僕に話しかけてくる。

「ど、どうしよう。ラース」

 さぁ、僕に聞かれても。

 どうせ僕が反対ですと言っても、みんなには聞こえないだろうし。ま、弟子の一人でもいたほうが、主は年相応の落ち着きといったものが生まれるかもしれないし。

 そんな事を思いつつ、僕は猫らしく「にゃあ」とだけ鳴いて返しておいた。


                【了】

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。


この話は、某賞に投稿したものです。

結果は惨敗でした。

敗因はいろいろと思い付きますが、個人的に規定枚数に対して登場人物が多すぎたのが一番の反省点です。

設定等を練り直して、また挑戦してみようと思います。

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