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第二章 ローレシーク邸にて 【2】

 門から見えていたとはいえ、ローレシーク邸はなかなか大きな屋敷だった。中に入ってしみじみとそれを実感する。豪華なシャンデリアに華麗な内装。敷き詰められた絨毯は足が浮いてしまいそうなくらいにふかふかだ。その上を歩けば、自然と堂々とした心構えになる。

 逆に主は萎縮しきっていた。屋敷の装飾一つ一つに感嘆の息を漏らし、使用人とすれ違えば一人一人に挨拶を交わす。歩く姿もひどいもので、ずっと猫背のままになっている。

「駄目だろう、リュノ。もっと胸をはらなくちゃ」

 胸を張るどころか、鼻まで高々と伸びているジンガが言った。言っていることには同意だけど、アンタはもう少し謙虚になった方がいいと思う。てか、アンタも使用人の一人だろうが。

「でもでも、兄さん。私、こんな立派なお屋敷に入ったの初めてだもん」

 ジンガの後ろに隠れた主は完全に借りてきた猫な状態だ。辺りを過剰なまでに警戒している。ちょっと人影が通ったくらいでびくりと肩を震わせている。主の荷物を運ぼうとした先ほどメイドの申し出も断っている。

 案内されたジンガが寝泊りしているという部屋に入っても主の落ち着きは戻ってこなかった。まぁ、それはちょっと分かる。二人と一匹じゃ広すぎる部屋だ。僕達が普段使っている寝室よりも半分が一回りも二回りも大きい。

 寝具なんかも全く格が違う。本当に使用人用かと思うくらいしっかりとしたもので、爪を研ぐのですらためらってしまう。

「さて、作戦会議へと移るか」

 案内してくれたメイドが部屋から去って行くと、開口一番にジンガがそう言った。

「作戦会議ってどういうことですか、ジンガ兄さん」

 主が問う。立ちっぱなしの主をベッドに座らせると、ジンガはその場に崩れ落ちた。そのまま床に伏せたまま、彼は僕たちに深々と頭を下げた。

「頼む、リュノ。降霊術をやってくれないか?」

 突然のジンガの行動と言動にぼく達は驚いた。この男が演技なしで頭を下げるなんて、今の今まで見たことが無い。お師匠にすら、あのヘラヘラとした態度を貫いていたあのジンガが懇願するような声を上げている。

 ひょっとして、目の前にいるジンガは偽者なんじゃないか? そんな疑惑まで僕の中で生まれかけている。

「ジ、ジンガ兄さん。どういうことですか」

「お前がこういった呪術関係を嫌がるのはよく分かっている。が、他に手段がないんだ」

「どうしてそんな……」

 主は戸惑いが隠せないでいる。なんだかんだ言ってもジンガは主のことを可愛がっているのは本当だ。主が嫌がることは無理強いさせたことがない。そんなジンガがよりにもよって主が一番渋い顔をする降霊術を頼むだなんて……。

「呼び寄せてもらいたいのは、領主──故ローレシーク卿だ」

 彼の魂を呼び寄せ、屋敷の皆の前でエルザが次期領主だと断言してもらいたい、そうことらしい。確かに主の腕なら数ヶ月前に亡くなったばかりの彼を呼び寄せるのは安易だろう。だが、僕の想像した通りに主は首を横に振った。

「で、でも。こういう時って遺言状とかそういうのが残してあるんじゃないの」

「無い。突然の事故だったからな。本人も後継者問題はまだまだ先の話だと思っていたフシがあった」

「なっ……でも、それっぽいことは言ってなかったの?」

「言ってた。言ってたからこそややこしくなっている」

 セイルがこの屋敷に連れられて来るまで、ほぼエルザが跡継ぎ確定の状態だったそうだ。女が、ということには一昔にいろいろと論争になったらしいが、エルザ本人の才覚もあってとりあえずは落着していたらしい。

 しかし、突然の隠し子発覚。それも男の子。

「領主殿は酒浸りで政策は部下任せ、ほとんど自室に引き篭もってばかりだった。だが、セイル様を連れられてから妙に意欲的になってな」

 真面目に政務に向き合い、休みは自ら街を視察。滞っていた仕事はみるみるうちに進んでいった。これを見て、部下の何人か──たぶん、あのおっさん達だろう──は飛び上がらんばかりに喜んだという。

 領主はセイルを可愛がり、いつも傍におかせていたそうだ。視察に出る際の馬車には自らの隣に座らせたと言う溺愛っぷりだった。それを見て部下達はこう思ったらしい。

「次期領主をセイル様に任命するためなのだろう」

 勝手に燃え上がった部下達の熱に釣られて、徐々に使用人達も「セイルが次期領主なのだろう」と認識し始める。使用人の口からその家族に漏れて、街の領民達もそういう見方を強めてゆく。噂が噂を呼び、詩人なんかがセイルの出世街道を詠った詩まで作り出す有様だ。

 ある日部下の一人が「次期領主はセイルなのか」と問うたらしい。領主は、満更でもない表情をしていたそうだ。

「さらには、エルザ様に対してこうも言ったんだ」

 ──乗馬も良いが、お前もたまには淑女らしい成りをしてみたらどうだ?

 自分がエルザに男と同じような教育をさせておいての発言だった。ここでついに長年耐えてきた正妻の鬱憤が爆発したらしい。その場で領主に向かって掴みかからんばかりに怒鳴りつけたそうだ。まぁ、そうだろうな。僕はメスではないが、怒る正妻の気持ちはわかる気がする。

 だが、彼は妻の怒りなど我関せずといった風情で言い放ったそうだ。

 ──エルザにも女の幸せというのが必要だろう?

 もう主も僕も絶句するしかない。何だか聞けば聞くほど、領主がとんでもないお騒がせ男に思えてきたぞ。僕たちに事情を語るジンガもそう思ってたらしく、その顔が苦々しい表情を浮かべていた。

「屋敷でも、特に女性陣がエルザ様を哀れに思ってな、強く反発するようになったんだ。……あの時は地獄だった。本っ当にキツかった」

 しみじみと付け加えられたジンガの言葉に、僕は深く深く同情してしまった。門前でのエルザや部下達のジンガへの態度を見るに、きっと彼は両者の板ばさみ状態だったんだろう。

「酷い……」

 主が感情のこもった声でポツリと感想を漏らした。僕も全くもって同感だ。世の中にはジンガ以外で、ろくでもない人間って本当にいるもんだな。

「まぁ、父は昔からそういった性格だったからな」

 ん?

「エ、エルザ様!」

 部屋の扉を背にして、エルザが佇んでいた。いつの間に入ってきたんだ? 僕ですら全く彼女の気配を読めなかった。

「リュノ嬢、ラースくん。身内の恥を聞かせてしまって、本当に申し訳ない」

 謝罪するエルザ喋った内容に僕は驚愕した。僕の名は、ジンガのせいで彼女の前では「クロ」になっていたはずだ。そこから誰も訂正をしていない。と、いうことは……。

「知ってたんですか、全部」

 主の言葉にエルザは苦笑交じりで頷いた。すぐにジンガを見れば、普段どおりのふてぶてしい表情を見せていた。……うん、つまりアレだ。主と僕はまんまと一杯食わされた。くそっ! さっきの同情は取り消しだ、取り消し!

 悩むセイルにジンガが主の情報を流し、主の元へと向かわせるよう仕向ける。

 まんまとジンガの誘導通りに、こっそりと屋敷を抜け出したセイルを、ここからは僕の想像だが、たぶんエルザがセイルの姿が見当たらないとおっさん達に話したのだろう。おっさん達はすぐに彼を探し出そうと行動を移す。そこでジンガがセイルを商人の荷馬車付近で見たと証言する。さらにもしかしたら、自分の妹の元へと向かったのかも知れないと付け足す。おっさん達はジンガを引き連れて主の店までやって来る。

 後は有無を言わさずに客人として主をローレシーク邸へと連れ込む。これで主にはもう逃げ場はない。

 つまりここまで全て、この二人の計画通りだったという訳だ。全ては亡くなった領主の霊を呼び寄せるために。って、あああああああ! だからあの時、ジンガは主の魔術用具の荷造りを申し出たのか!

 主もそれに気付いたらしく、すぐに自分の荷物を開く。そこにそろっていた術具はまさしく降霊術に必要な用具一式であった。

「で、でも! エルザ様は私とジンガ兄さんの苗字が違うって、門のところで疑ってたじゃない!」

 主、混乱してるんだなぁ。ついにエルザに対して敬語じゃなくなったぞ。エルザはそれを特に気にしてる素振りもなく、心底愉快そうな笑みを僕達に見せた。

「いや、きみが正直に苗字まで名乗るからな。可愛らしくて、ついからかってしまった」

 ……何となく、この人は本当に話で聞いた領主の娘なんだなと実感してしまった。別の意味で人が悪い。

「ううぅぅ、ジンガ兄さん!」

 敵わないと悟ったのか、主はやり場の無い憤りをジンガに向けた。矛先を向けられたジンガも「悪い悪い」と口にするだけで反省している様子は見られない。

「あまりジンガを責めないでやってくれ。渋るジンガに私が無理を言ってお願いしたのだからな」

 そう言って、エルザも主の前まで近寄って来る。そのまま床に片膝を落として、深々と頭を下げた。

「頼む。私の父を呼んでくれ。それで全てを終わらせて欲しい」

「……エルザ様はそんなに領主になりたの?」

「そうだ。それしか私は考えたことがなかったからな」

 エルザの言葉は偽りのない本心なのだろう。幼少の時から次期領主としての振る舞いを強制されていたのだ。他の道をどう歩めばいいのか分からないのもあるんだろうな。

 そんな僕達の思考が顔に出ていたのか、エルザはすぐに首を振った。

「誤解しないでくれ。結構この成りを気に入っているんだ、私は。幸い領主という立場に立てれるほどの才能はあったらしいからな」

「でも、もしセイルくんが次の領主だって言われちゃったら……」

 身体を抜けた霊は建前なんてものはない。己の真の本心のみを語る。領主がセイルを溺愛しきっていたと言うのなら、呼び出してもエルザを後継者に選ばない可能性も高い。

 わずかな沈黙が部屋中に広がる。エルザの青紫色の瞳を主から逸らさずに、弱弱しく微笑んだ。

「それなら、快くアレを次期領主として受け入れよう。さすがの母上も、父上本人から明言されれば大人しくなるだろう」

「エルザ様は、どうするの」

「そうだな。とりあえずドレスにでも腕を通して見せるか。父上もああ言っていたことだし」

 あくまでおどけた調子で自身の身の振り方をエルザは語る。その様子が逆に痛々しくて僕は胸が詰まる。

「その時はしっかりとエスコートさせていただきますよ、エルザ様」

 お前は黙ってろ、ジンガ。


          【続】

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