第一章 #3【黒月の使徒】
#3【黒月の使徒】
白銀の髪の少女を追いかけていた俺こと芹沢直人は路地を右に曲がった彼女を追って同じく右に曲がろうとした・・・が。
角を曲がった瞬間、彼女の姿は消えていた。
「あれ・・・?」
さっきまでの走るスピードから考えて、先に行ってしまった可能性は低い。第一、曲がった先の道は真っ直ぐで見通しがいいところで、左右に入る道はだいぶ先までない。つまり・・・
突然消えたのだ。
悪寒が走った。もしかして、本物の幽霊たったか!?
だが、あの時に彼女を見たときの俺は、なんというか・・・何故か懐かしさを感じ、安心感を持っていた。
彼女は・・・何者?
冷静なって考えてみるとおかしな話である。彼女の身なりもそうだが、何より裸足で硬いコンクリートの上を俺と同じスピードで走っていたのだ。
それに・・・
ドカーーーン!!!!
「!?」
あまりのデカい爆音に、一瞬俺の思考は停止してしまっていた。
「って、今のは!!??」
爆発事故だろうか、どうやら近くでの爆発らしい。
・・・何か嫌な予感がする。
そういう思いとは裏腹に、俺の体は爆発音がした場所へと早足で向かった。
§ §
数分前、何気なく立ち寄った商店街で、怪しげな人影を二人見た。
見た目はごく普通の格好をしているのだが、魔力の波長を感じたのだ。
この世界ではマナ濃度が高いことから、ここに訪れる魔法世界の住民は、自ら体内のマナと大気のマナの関係を絶って体内魔力を安定させなければならないし、それにより空気中のマナを使用する自然現象の魔法(炎や水を使った魔法)や大きな威力を発揮する魔法は使えない。
魔力の波長を感じるということは、体外との魔力経路を絶っていないということ・・・
それはあまりにも危険な行為で、体内にマナを蓄積する魔力炉が体外魔力を吸収に耐えきれず、下手すれば死ぬことだってある。
どうやらリーザもその事に気付いたらしく、そわそわしていた。
「リーザ、どう思う?」
「おかしいですね・・・ゲート時に身分証と‘遮石’を渡されているはずです」
‘遮石’とは強制的に体外と体内のマナの間に壁を作り、これを身につけていれば魔力炉の暴走を防ぐことが出来る魔具である。
私やリーザは自ら空気中のマナとの接触を絶つ魔術を使えるが(実際、この魔術は気配を絶つことが出来る魔術の一つで、重宝されている)、高等魔術であるからにして使えない者が多い。つまりこの‘遮石’さえ持っていれば万事OKだということだ。
その‘遮石’を持っていない、もしくは使用していないということは・・・
「侵入者ね・・・」
魔法世界の政府によってこの情報は隠されているが、実はその空間断層が発生した場所は‘ゲート’が発生したユグドラシルという都市だけではない。
魔法世界にもこの世界(化学世界)にそっくりな遺跡がいくつもある。その幾つかは魔術との関係が深い遺跡でユグドラシルの‘ゲート’の影響もあって、同じ空間断層が出現した所もある。
現在判明している‘ゲート’は、主に政府が管理しているが、偶発的に‘ゲート’が様々な遺跡で発生するので全てを管理下に置くことはまだ出来ていない。
恐らく彼等は未発見の‘ゲート’を通過し、こちらの世界に来たと推測するのが妥当だ。
つまり、政府には知られたくない何らかの目的を持って来たのだろう・・・
私は一つの可能性に気付いて身震いした。
「もしかしたら・・・私達と同じ理由かもね。悪い方の」
§ §
結果としてはフィレス様の予想は当たらずとも遠からずであった。
「そのペンダントの魔石!!まさか標的から俺達に近づいて来てくれるとはな・・・ようやく見つけたぜぇ!!」
―狙われていたのはフィレス様だった―
私達はとりあえず彼等をつけることにしたのだが・・・
隠密行動は彼等の方が一枚上手だったらしい。すぐに気づかれてしまった。
しかも彼等の狙いはフィレス様が首にかけているペンダントだった。
そのペンダントは、私達の任務で大きな鍵を握っていた。
フィレス様から聞いたのだが、そのペンダントは今探している人物のもので、そのペンダントの魔石によって‘化学世界’の人間であるその人物が魔術師として覚醒してもらい、そうすることによってその人物に‘魔法世界’に来てもらうというのが、この任務の最終目的である。
なるほど、その人物がそのペンダントで覚醒するのを防げば、ただの人間である。
つまり、彼等は私達と敵対する組織の一味というわけだ。
何故彼等が敵対する組織の一味であると確証が持てるのかというと、当主様からの話の中で裏で私達の行動を阻止しようとしてる組織の存在の話を聞いたからだ。
組織の名は‘黒月の使徒’。
これは彼等が名乗っている名で、近々魔法世界で何か一騒動起こそうとしている動きがみられているらしく、今回の任務はその事に関係しているらしい。
・・・って長々と話をしている場合じゃないっ!
私はフィレス様の手を取り、その場からの逃走を実行した。
「待ちやがれっ!」
二人組の内の、背中に長剣を刺した背の高い比較的体つきがよい男がそう叫ぶと、もう一人の腰に短剣を下げている貧相な男と共に追ってきた。
すぐに身体能力向上型の魔術で脚力強化をし、逃げ出そうとした私達であったが、考えていることは向こうも同じ、どうやら振り切れそうもない。
・・・さらに驚くべき行動を相手はとってきた。
「水よ!すべてを凍て付くす刃となれ!」
「魔術の詠唱!?」
「そんな!!?この世界で!!?」
私達は逃げながらも絶句していた。
この世界の住民に魔術を見られることはあってはならないことだが、マナ密度の濃いこの世界では魔術は使えないはず・・・
「氷槍!!!」
防御魔術も使えない・・・万事休すか!?
いや・・・フィレス様だけは守ってみせるっ!!!
私は腰に刺していた短剣を鞘から抜くと、フィレス様の前に素早く移動。
そして彼女の姿を隠すように前に立つと、出来るだけ多くの氷の矢を右手に逆手に握った小刀で防ぐ・・・
ズガガガガガガガッ!!!
「がはっ!!」
体のあちこちに痛みがはしる。
痛みの元は短剣で捌ききれなかった氷の矢であった。
痛みのあまり、意識がとんでゆく・・・
ここまでか・・・
私は短剣を取り落として地面にひざを突き、その場に倒れ込み意識を失った。
§ §
「なるほど・・・」
僕は葛城庄太郎と篠崎俊美、陣内美琴と合流、その時の詳しい説明を聞いていた。
要点だけを述べるとすると、どうやらもう一人、氷使いの魔術師が捕らえていた男の仲間がいたらしく、突然の氷結魔術による攻撃に対応出来ず、あまつさえ美琴の能力、‘呪縛’を彼女に攻撃を仕掛けることによって解いてしまったといったところだ。
幸い、美琴は‘護符’による防御で攻撃を避けられ、庄太郎も負傷したが掠り傷程度で問題なさそうだ。
庄太郎の負傷を大袈裟に受けとめていた俊美は、彼に氷結魔術から助けてもらって彼が負傷したことに気が動転していたことによるものらしい・・・
「(まあ、被害がこんだけですんだことに感謝しなきゃならんな。)まあ、今回は良しとしようか」
「「「???」」」
三人は驚いた顔を僕に向けた。
「え・・・私達、せっかくの手がかりを逃して・・・」
そう焦って話す俊美に僕はデコピンをくらわせた。
「いたっ」
「アホか。被害がこんだけですんだんや。奴らの仲間がようさん来よったら、お前等下手したら死んでたかもしれへんねんで」
「「「ギクッ」」」
そう、今回は運が良かっただけだ。
なにせ、少ない只でさえ少ない人員を‘使徒’の捜索に割いてしまい、少人数での行動をとらせてしまった。
こりゃあ、修正の余地ありだな。
僕は目の前にいる三人を見た、
「(本当に、今回ばかりはこいつらに迷惑かけてしもたな)」
・・・あれ?
これで問題は全て解決したはずなのに、まだ嫌な予感がする・・・
僕はふと視界に入った美琴を見つめた。
そういえば、今になって気付いたんだが・・・いつもと違って美琴の口数が少ないような・・・
「って!!?忘れとったがな!!!」
ズカズカとその勢いに驚いて動かない俊美に詰め寄ると・・・
ムニュ
「ひゃんっ!!」
そのそこそこ放漫な胸の片方を右手でわしずかんだ。
「ほぇっ!!」
「ぶっ!!」
その行動に俊美は驚いて奇声を上げ、庄太郎は鼻血を盛大に噴いた。
「な、何してんだお前は!?そんなうらや・・・ゴホン、破廉恥なこと、公衆の面前でするんじゃない!いや、今は俺たち二人しかいないが・・・いや、それでもだっ!俊美のアホに毒されたのか!?」
庄太郎が鼻を押さえながらそう怒っていった。こいつ、動揺すると口数が増えるんだよな。
というか何か本心が口に出てたぞ、おい。
「わ・・・私はこんなことしないですぅ!」
俊美、腕をブンブン降って抗議している姿は余計アホっぽいぞ。
「というか・・・気付けよお前等」
「?」
「美琴が固まっているのは分かるが・・・」
まだ気付いていない。
「はあ・・・お前等。普段の美琴ならこの状況下でどういう行動をとる?」
・・・・・
「「あーっ!!?殺人拳がないっ!!?」」
陣内美琴。彼女には使ってはならない最大の兵器を持っている。
それは・・・殺人拳だ。
体内のマナやその他諸々のエネルギーを拳に凝縮し、凄まじい勢いで放つという、最終兵器だ。
しかも困ったことに奴はそれを1日に何発も打てるのだ。もう大量破壊兵器といっても過言ではない。
一に殴る、二に殴る。
三、四も殴って、五に殴るだ。
僕も何度か昇天しかけた・・・今生きてるのが不思議なぐらいだ。
最も・・・予想が外れていれば、僕はすでにこの世に存在していないだろうが・・・
「ってことは・・・」
「もしや・・・」
そう、その殺人拳が俺の顔面に未だにめり込んでいないということは・・・
ボンッ!
小さな音と共に固まっていた美琴の姿が消え、その場に出現したのはひらひらと舞い落ちる長方形の紙だった。
「「式神!!?」」
「よく考えれば、あいつはこんな簡単に引き下がる奴じゃないっ!!?」
嫌な予感は的中していた・・・どうやらどこかのタイミングで式神とすり替わり、使徒の二人組を追いかけていってしまったようだ。
あのバカっ!一人で行動するなっつったのに!!!
「庄太郎、俊美!お前等はここにいてくれ!!僕があのアホ女連れ戻してくるさかい、待っとけ!!」
「了解っす、マー君!気を付けて!」
「気を付けろよ、正宏」
「ああ」
二人からの声援を受けた僕は、式神に残っている彼女自身の魔力に酷似した魔力のの波長を頼りに、彼女の気配を感じ取った方角へと走り出した。
最も恐れることが起こってしまった。
§ §
「リーザ!」
私のせいだ・・・
私は座り込み、氷の矢が刺さっている彼女を助け起こした。
どうやら見たところ急所を外しているらしい。
私のせいで・・・
普段の私だったら私自身が狙われる可能性を考え、こんな浅はかな行動をとらなかったはずだ。
私は苛立っていた、未だに目的の人物を見つけられていないことに。
だからリーザに八つ当たりし、判断を怠った。
全部私のせいだ・・・
私は悔しくて、涙を流していた・・・
腕に抱えているリーザの眠ったような顔に私の涙がつたっていた。
「さあ、そのペンダントを渡してもらおうか」
「拒否権はありませんよ」
二人組の男の足音が近づいて来る。
私はリーザを守るように覆い被さった。
もちろん魔石を渡すつもりもない。
魔術が使えない自分の無力さを感じつつ、私はリーザにこれ以上傷付いて欲しくないという気持ちに刈られ、私は動こうとしなかった、いや出来なかった。
「こいつ、殺っちまっていいか。魔石さえ手に入ればいいだけだし」
「はあ、仕方ないですね」
今は背を向けて見えない男達の目が光ったような気がした。
「もちろん、いいですよ」
to be continued...
~あとがき劇場~(第一回)
直人「うわーーっ!!」
正宏「な、なんだよいきなり」
直人「来ちゃったよ・・・」
正宏「なにが?」
直人「‘死人も起きる目覚まし時計2号’・・・」
正宏「・・・生きて帰ってこい。骨は拾ってやるから」
直人「俺まだ死にたくね~よ~っ!!」
正宏「まあ、主人公のお前が死んだらこの話終わってしまうからな。
よし、代役として僕が活躍したるで!!早速準備しないと」
直人「俺死ぬの前提!?」
その後、直人の姿を見た者は誰もいなかった・・・
直人「勝手に殺すなーっ!!!」
-fin-