商売上手な女
この冷たい金があなたを奪って、あなたの人生を作るの。
やっぱり、あなたは変わってる。面白い娘。
その笑みの裏に、狡猾な商人の血が騒ぐ――。
生きていくための金の価値、自分は特別だと思える時間の気持ちよさを知りなさい――。
昼の小葉館は、夜の熱気が嘘のように静か――。
薄暗い座敷には、朝の陽が障子越しに柔らかく差し込み、妓女たちが各々の支度や稽古に励んでいる。
その一角――。番台の後ろの畳に腰を下ろし、帳簿を軽やかに捌く。
小葉館の実質的な金の流れは、女将が握っているが司翠も把握している。
一夜でどれほどの金が動くか、どの客が太く、誰が危ういか――。
すべて司翠の頭には入っている。
司翠「……ふふっ、最近あの子はよく動いてる」
帳簿の片隅に記された白蕾の名を見て、司翠は口元を緩めた。
妓女にしては珍しい定着しない客筋、それでも数字は着実に増えている。
夜を売らず、香膳の剣舞だけで稼ぐなんてね。
――あの子は面白い。
「司翠姐、今日も晴晴様が――」
若い妓女が小声で知らせに来る。
司翠は眉をぴくりと上げ、帳簿を閉じた。
……ふうん。
毎晩、同じ時間。同じ席。でも、何もしてないみたいで。
司翠は立ち上がる――。
綺麗な水色の絹の衣を翻しながら廊下を進む。
昼間の廊下は誰もいない。足音がやけに響く。
白蕾の稽古部屋の前に立つと、内側から剣が空気を裂く音が聞こえた。
あの下級妓女が、稽古部屋を占領してる。
司翠「ねえ、ちょっといい?」
戸を軽く開けると、汗ばんだ頬で振り返った。
昼間でも白い肌が陽を受けて淡く光って見える。
白蕾「司翠様……」
少しだけ目を見開いてこちらを見る。
剣舞の鋭い目ではなく、営業用、媚でもない、笑顔だった。
私のことを一線引きたがっていると思っていた人物にはこのような柔らかい笑顔があるとは知らなかった。
司翠「夜を売らずにこれ一本で稼ぐなんて、あなたまさか男?(笑)」
白蕾「……そうかもしれません」
静かに笑いながら、軽く頷いただけ。深く語る気はないようだ。
司翠「あなたの剣舞、もっと高く売れるわ。もっと欲張りなさいよ。一夜で金が増えるわよ。宣伝も私がやる。半分はあげる」
――妓楼では滅多にない破格の提案だった。
けれど白蕾は、目を伏せて一瞬考えたあと、首を横に振った。
白蕾「すいません、そのような大役を私は出来ません」
司翠「……なぜ?」
白蕾「私、売れたいわけじゃないんです」
「売れたいわけじゃない」妓女が言っていい言葉じゃない。
一瞬、息を止めた。
司翠「あなたはどうやって生きていくつもりなの?この世界を、どう見てるの?」
白蕾「綺麗です」
力の籠る私の言葉に、返す。
そしてふっと笑う――。
白蕾「天妓三姫――司翠様たち、綺麗で、かっこよくて、強い。でもあたしにはそれはできませんので」
司翠「では何故、白蕾はここにいるの」
白蕾「私のやりたいことをやっているだけなんです」
司翠「あなたのやりたいことって?剣舞?」
白蕾「探し物をしているのです、それだけです」
「探し物」それが噂されている「世を渡れるなにか」。
司翠の胸の奥で、何かがチリッと燃えた。
自分たちは、この世界で生き抜くため客を転がし、他の妓女と争い、嫌なことも飲み込んだ。三姫の座を勝ち取った。
どうしてこの子は妓女になりきれないのか不思議だった。
この娘は……その外側を、さらりと歩いている――。
司翠は扇を閉じ、背を向けた。
去り際、ちらりと振り返ると、白蕾は再び剣を握る。
先ほどの柔らかい笑顔はそこにはない。あの白蕾もまた足掻いているのだと司翠も感じ取った。
――あの子は他の子とは違って簡単に壁を越えさせてくれない。
何を考えているのか分からない。だからこそ、気になる。
初めて芽生える感情。
商売相手でも、敵でもない、得体の知れない誰かへの執着だった――。
予約投稿の話数が増えてきましたので、投稿させていただいております。
今後も進捗状況に応じて12時に投稿進める場合がございます。
よろしくお願いします。はな




