知る
金階の赤い階段の先、今日も杨鈴と司翠と仕事を終え高価な茶を楽しむ――。
高光「晴晴様は下級妓女の白蕾のところに行ってたんです!」
扇子を床に叩きつけ、鮮やかな扇子は芯が取れ広がっていく――。
杨鈴は自分のペースを見出すことなく淡々として、頼りになる姉だ。
杨鈴 (やんりん)「あの剣舞の子ね」
司翠「私たちと同じ金額で買っているわけじゃないでしょう?」
高光「それは私にはわからないの。晴晴様は勘がいいから探るにも気が付かれちゃうの」
あんな普通の女に妓女として立場も、金額も負けるわけにいかない。
杨鈴「高光が晴晴様に身請けしてもらうのはどうです?そうすれば小葉館にもお金が入りますし。あなたも晴晴様と一緒になれます」
杨鈴は静かに湯呑みを起き、これで良いでしょう。と表情変えないままこちらを見る。
高光「そうすれば私は職を失います!」
杨鈴「晴晴様と一緒になるのか、それとも妓女としてここにいるか選ばなくては」
高光「……晴晴様と生活できれば妓女でなくとも良いです」
司翠「そうと決まれば作戦を考えましょう」
2人は晴晴様に見受けしてもらえる策を出し合ってくれた――。
懐妊したことにするのは夜を拒む晴晴様の子で無いと拒否される可能性が非常に高い。
こちらから求婚するなんて妓女、天妓三姫としてのルールを破ることになる。許されないこと。
あくまで男性が妓女を買う。この過程が必要だ――。
三人での話し合いは着実と固まっていく。情報を集めている中であの白蕾がお通しも済ませた相手も晴晴様だと分かった――。
どうして――?
私が少しくらい良い思いしたっていいじゃん。こんなにも頑張ってるんだから。
あの女は汚い手で剣を握ってるだけじゃない。
晴晴様と結ばれるために2人は動いてくれているのに。
今のお客様たちを手放すことも惜しい。花よ蝶よと大事にしてくれるのはお客様たちだ。その時間が無くなることは惜しいのだ。
この生活が嫌いなわけでもなかったことを私は知った――。
3食食事をすることができて、温かい寝具があって、湯殿も好きな時に使えて、好みのものを身につけることができて。
本当はどうしたいのか、分からなくなってしまう自分に嫌気がさす。
この花街、妓楼に染まることの恐ろしさの1つなのだろう――。
晴晴様は器の大きいお方だから、妓女を続けながら身請けしてくれないかしら――。
いいじゃない。
いい思いしたって――。
私が花街、この小葉館という妓楼に来るまでどれだけ大変な人生だったか。やっと手に入れた天妓三姫という場所。
手放したくなくて当然でしょ。
下庭でもない、この花街でもない、宮中から少し離れた普通の街で生活していた。普通に大人になれるはずだったのに――。
この顔が私の人生を変えてしまった――。
母親の顔は覚えていない。
父親の顔は忘れられない。どれだけ黒く記憶を塗りつぶしたくても。
「――さ、行こうか」
私の本当の名前もあの父親が呼んでいたから覚えていない。記憶から消している。
「高光」これが私の名前なの――。
いつも通り家の手伝いをして、母親と料理を作っている時に臭い顔が近づいて来て私の手を引っ張った。母親はその場から動かなかった。今思えば動けなかったのかもしれない。
父親に連れられてやってきた場所は下庭と呼ばれる場所だった。ここは臭い。とにかく汚い。
なんでこんなところに私を連れてくるのだろう。不思議に思っている時間も無かった。大きな男たちら門のところに現れて父親に袋と籠をひとつ渡した。
そしてその瞬間、力強く父親に背中を押されて門の中に私の足は入っていた。恐怖を感じ、振り返れば嬉しそうに走っていく父親の背中が見えた。
私はあの袋の中のお金と、籠の中にあるものと交換されたんだ。あんな小さなものに私は負けたんだ。
今日は母とご飯をいつものように食べるはずだった。私の大好きな――。
その門は花街に入る、大きな籠に入る門だった。
それから人生が変わってしまった。男たちに引っ張られ、我先にと押し合う。怖くて声も出ない。臭い、汚い。それが毎日だった。
お腹が空いた。毎日の感情はそれだけだった。
男たちは私に飽きたのか次の女の子を買った。
そして私を売り捌くため着飾って小屋の外に出される。
そして次の男が私を買う。何度も売られ、買われ。私の体、心はあの金と呼ばれる塊になる。
抵抗しても意味がないと知り、言葉を忘れた。早く終わるようにと天井を見る。
この世に存在しているのにまるで存在していない――。
そして今日も売りに出される。
「誰だい。この子を売っているのは」
中年の目のきつい女の人が前を通りかかった。女の人に買われる日もあるんだ。それだけだった。
「金額ぼったくりだね……!」
金を男に強引に渡すとその人は臭くて汚い私を綺麗な衣で包んでくれた。
「ゆっくり休みな」
小さな裏の部屋に私を押し込んだ。何日その部屋で過ごしたかわからない。そこで出されるご飯は味があるように感じた。気がついたら私は何日もご飯を必死で食べていたことに気がついた。
「女将さん、ありがとう」
久しぶりに出した声はガサガサで、喉の奥が痛い。
小葉と名乗る女将が私を拾ってくれた。面倒を見てくれた。この妓楼には私のような喋ることができない少女、痣のある少女、少し上の真っ青な顔をした女性。いろんな女性が生活していたことに気がついた。
そして女将は温かい湯で体を洗ってくれた。私が立つその場は濁った茶色の水が流れていく。
小葉「うん、このほうがいい。その器を運んでくれるかい?」
このとき母親に会いたいと思った。だけどもうこの時には顔が思い出せなかった。
私は泣きながら器を運ぶ仕事をした。仕事をすることで、この人のためになるのなら、となんだか喜びを感じた。
小葉「――高光、おかえり」
仕事を終えると女将は私に小さな簪を付けて、名前をくれた。女将さんが笑顔を向ける先の妓女のように私もなってこの人に恩返しがしたい。世間で問題がある少女たちは女将小葉が名の売れる妓女として育ててくれた。
自分の価値を自分で作れる場所だと。
小葉「高光は綺麗な顔だね」
今まではこの顔のせいで散々な思いをしてきたから嫌いだった。でも今は女将小葉が褒めてくれる。
綺麗な妓女がたくさん居ると知ったこの花街の女将がそう言ってくれるのだから、と私の自信になった。
とことんこの顔を使って生きてやる。生きる武器として――。
天妓三姫になった私が望むものは自分が執着して来た「美」「強さ」を持った人物。
それが晴晴様だった――。
小葉「――最近やたらとお茶会が盛り上がってるみたいだね」
あの子にも幸せになってほしい。努力して来たことも事実だ。
高光は天妓三姫となり思うままになることも増えた。この子は愛してしまうよりも、愛してもらう方が安定すると思っている。これは長い間男女の関係を見て来たからわかる。
晴晴が白蕾のことをどこまでの気持ちで思っているか知らないが、高光だけを見てくれる人物ではないだろう。
もう高光も大人になったんだ。自分で「知る」ことも大事だろう。少しのことは目を瞑って、高光が自分で学ぶ良い機会だろう。
正直、晴晴がその相手なのも正直ちょうど良いね――。




