赤い階段とその先
金階と呼ばれる香膳の奥の特別な場所。
金ある客が妓女と食事を済ませると、夜の落簪を持ちさらに特別な場所へと上がっていく――。
赤の階段――。
あの先は天妓三姫になった女と、その上客のみが許される空間。
高光「それでは行きましょう」
ふわりと客の横を歩く高光様――。
花街で敵なし、光を放つ圧倒的な女性美を持つと言われる。高光様の艶やかでサラサラと伸びる黒髪は春の風のようで、薄桃色と薄い生地の白が似合う。綺麗な顔立ちの中に可愛らしい小動物のような大きな目が吸い込まれそうだ。誰もが高光様の体になってみたいと思うだろう。
司翠「香膳の時間が終わりましたね!今日はどのようにお過ごしいたしましょうかっ?!」
綺麗な顔で笑いかけ、上品な手を添える司翠様――。
客の喜ぶことがわかっていて聡明で才色兼備で場を支配できる人物。司翠様はクリクリとした癖毛が風に靡いてまるで妖精のように見える。真っ白の肌に薄い桃色の頬、優しく笑いかけてくれる月のような存在に誰もが癒しを求めてやってくるのだろう。
杨鈴「――どうぞ」
客が慌てて着いて行くのは、静かで品のある杨鈴様――。
天妓三姫の中でも頭1つ抜けているのが杨鈴様。気高くて何をしても勝てないまさに女王であるべきと誰もが思う人物。鮮やかな衣装を身に纏っても顔と美貌が勝ってしまう。どんな化粧をしても、飾りを身につけても着こなしてしまう。男だけでなく女も惚れ込んでしまう空気を纏っている。花街に杨鈴が現れた日は「伝説の朱雀が舞い降りた」と人々が歓喜したのだ。杨鈴が歩けば金が舞い、杨鈴が笑えば幸福になるとまでも言われた人物だ。
三人は仲間でもあり、ライバルでもある。各々の得意分野が違うため、揃う夜は“最も豪華な饗宴”とされる。
楊鈴様の一声で場が震え、高光様が一歩進めば空気が変わる。司翠様の笑い声が、夜をまるごと転がしていく。あんなふうに、強く、美しく、人を惹きつけることができれば――。
晴晴「あんな階段登らねーほうがいい」
晴晴様は言葉を吐き出し、赤い階段に背を向けたまま、あたしに赤い階段への壁になっているようだった――。
その赤い階段の上でお茶をするのは天妓三姫たち――。
この階と空間は香膳全体を見渡すことができ、黄金に輝く纱帘に囲われ、最高級の家具。色鮮やかな輝く空間は天妓三姫でなければ、この空間に飲み込まれてしまう。
司翠「――高光~っ」
高光「司翠お疲れ様。どうだった?」
司翠「そろそろ隣国の高官が来るみたいよ。どうやって手分けする~?」
高光「えー、私もう来週の予定は詰まってる。杨鈴はどうする?」
杨鈴「小葉様が上手く分けてくださるでしょう」
司翠「――最近、晴晴様がお気に召している下級妓女のこと知ってるっ?」
高光「晴晴様からお通しがあったなんて嘘まで付くような女ですよ?」
杨鈴「晴晴様にお聞きすれば真実が分かることでしょう。天妓三姫の私たちがその妓女に仕事を取られるのですか?そのときは努力不足ですね」
仕事の情報交換の量と質は小葉館一。
この冷静な杨鈴の仕事を奪うことができる妓女など存在しない。ましてや下級妓女から。この余裕杨鈴だからこそ実現できる。
香膳の舞台の上には自分たちとは違う女が汗を流す。
司翠「あの子は元侍女だったって」
杨鈴 「あの子、宮中の中で誰に使えていたのかしら?剣を持つことが許された侍女なんてありえるのかしら?」
司翠は眉に皺を寄せ、杨鈴はパンっと冷たい風を切って扇子をたたみ冷たい瞳が剣舞の妓女の背中を刺す。
同じ目を持つものはこの小葉館で天妓三姫の三人だけではない――。
「あの女、目立とうとして必死ね」
「あの剣も捨てられた男のものなんじゃない?」
「晴晴様とのお通しもどうせ嘘ね」
「売られたってことはそれまでの女だったってことでしょう」
噂話は勝手に広がってく――。
自分たちの想像の中で。悪者を作れば団結力も増していく。誰も事実を知らないまま。でも全員が「断定口調」団結のために悪者を作る。知る気は無い。女の世界でまさに四面楚歌。
金の纱帘を捲り、薄い桃色の豪華な衣を揺らして見下ろす――。
あの白蕾という大層な名前の妓女は剣術に夢中なのか私たちにはまるで興味がない。
私たちはこの美しさを盾にし、槍にしている。妓女として売られた女の子、客たちはまるで宝石を見るように目を輝かせるの。
あの子は私たちの目の奥を見ていて、私たちをまるで見ていない――。
高光「あの妓女、私たちを見てもまるで興味がないようね」
杨鈴 (やんりん)「あの子はこの世界に興味がないのよ」
司翠「それでも妓楼に売り飛ばされたのだから、覚悟決めてもらわないとね」
私たち天妓三姫の三人には誇りがある。
それもそうでしょ――。
妓女として身を削って来たんだもの。
三人で花街の天下をとるために手を合わせてここまで来た。
夜を売ることが、妓女としての道であり、誇りであり、力の源だということを。
だからこそ――その道の外を平然と見ている白蕾の瞳に、胸の奥がざらりと音を立てた。
舞台の白蕾は集中しているのか、そんな視線に気づく様子もない。ただ淡々と剣を振るい、観客の噂話に耳を澄ませ、情報を拾っていた。
そんなときに杨鈴が金色の豪華な装飾のされた扇子を口元に近づける。
杨鈴は司翠と私の姉のような存在で冷静な意見を分けてくれる人物が少し笑う。
杨鈴 (やんりん)「あの子には思い人がいるのね」
静かにその言葉が部屋の中に香る香と共に流れる――。
花街、妓女には思い人なんて作ることは身を壊してしまう存在だと知っている。
誰もが抑えなければならないと自分の綺麗な顔の奥に隠すのが鉄則だ。
司翠「夜を売らないってことは可能性として高いわよね」
杨鈴 (やんりん)「でもあの子もいつかは夜を売らないといけない日が来ます」
高光「杨鈴 、司翠。少し話しておきたいことが――」
夜を売れば妓女としての立場や金銭を手に入れることができる。
純情な姿に魅せていても、そんなことができなくなる日は来る。
この街に染まっていくしか妓女として生きるしかない。
夜を超えていく怖さを天妓三姫の私たち三人が一番知っている。
そしてどんな形であれ“何か”を持っていなければならない、自分の武器を持たなければいけない――。
決して近づけさせない。その華やかな姿は私たちのものなの――。
——この華やかな場所は、私たちが血を流して掴んだものなのだから。




