毒の交換
俺は常に袖でこの手を隠す――。
あの花も自分の顔を隠す――。
香膳の舞台で剣舞を終えると客からは白蕾に金が撒かれる。
自己顕示欲によってそれがこのイかれた空間生まれる。
これが飽きないものなのか次々と客が客を呼ぶ。
女らしく、妃のようにしたたかに生きることが正解とされていたこの世で白蕾の剣舞は珍しく感じたのだろう。
白蕾「ありがとうございました」
舞台から降りると他の妓女たちは白蕾に話しかけることなく、冷たい視線を送る。
そんな白蕾が興味を持つ話は「世を渡れるもの」を話す客だった。
この花街には宮中の金持ちさんたちだけでなく、隣国の重要人物が羽を伸ばしにやってくる。下庭の男が人生をかけて金をかき集めてやってくるこもある。
国も、立場も違う男たちが舞い上がった空気の中で重要な話を漏らすこともおかしくない。
白蕾のようにあの世から来た人物も紛れ込んでくるかもしれない。
宮中、後宮と塞がれた空間ではなく人、物も流動的な花街はあいつにとって好都合なのだろう――。
少しでも真相に近づくことができるのなら。
「なんだ剣舞の花は世を渡りたかったのか?(笑)」
うまく話せば一対一で会えると噂も広がり、茶化客も増えてきたのも事実だ。
「舞を極めれば現を越えられる」
「あの滝の奥に眠る龍が持っていると言う」
「鬼界の王が持っているに決まっている」
「先祖が天に持って帰っているんだろう」
あいつは怒っているはずなのに、仮面の下でも笑顔を貼り付けている。
白蕾「舞なんて極めてなくてもここへ来たの。全部嘘ね」
舞なんて舞ってない。
滝の奥なんて危ないところへ行っていない。
鬼王になんて会ってない。
ご先祖様にだって会ってない。
何度も、何度も足踏みをするあいつをみるのは傑作だった。
晴晴「ふっ。お前が枯れるまで続けるつもりか?(笑)」
白蕾「それは本来の目的を忘れて、死に急いでいる老婆ですね」
怒りもせず、笑いもしないこの女の目には何が見えている――?
「――白い花を染める日が来たか」
剣舞を舞う白蕾に酔った客が襲いかかる。
白蕾は客を傷つけまいと、剣を舞台の外に落とす。その剣で切り裂けるだろ。
香膳にいる妓女たちはその様子に恐怖することなく、その顔に笑みが溢れる。
子妓たちの声だけが響く。
仕方ない――。
白蕾「離していただけますか」
「俺はここにくるまでいくら払っていると思ってるんだ!触るくらい許されるだろう?!」
晴晴「それで足りると思うのなら下がれ」
簪をシワだらけの客の手に突き刺す。
「なんだこの無礼な男は」
晴晴「俺はこの花に金10払っている、お前は銀だろう?下がれ」
晴晴は自分の懐から金塊を出してその男に見せびらかした。
その男は手から血を流し、逃げるように去っていく。
白蕾「晴晴様、ありがとうございます」
白蕾は俺が手を袖の中に戻すまで、自分の袖で俺の手を隠し続けた――。
そして男に根投げつけた金を俺の懐に刺す。
晴晴「――ふっ、本当に金が欲しいわけじゃないみたいだな」
白蕾「はい。大きな手で救っていただきありがとうございます」
真っ白な仮面を治すと、まるで仮面に白蕾の笑顔が見えるようだった。
なんという映像を俺は見せられてんだ。
――白蕾は気がついていた。
俺の切り離せないこの毒を。
衣を整え、自分の簪を俺の髪に刺し、男の汚い血がついた簪を自分の髪に差し替えた。
白蕾「綺麗な赤の簪あたしがいただきます。――晴晴様は危ないことから手を引いてください」
晴晴「俺はここにくることができなくなるぞ?」
白蕾「兄が旅立つと思えば良いでしょう?(笑)」
兄か――。
勇ましい妹を持つ兄の身になれ。
騒動を聞きつけた女将小葉は白蕾が無事なことを確認すると、あの客をつまみ出していた。
金を追い出せる圧を持ち合わせないといけねー女将も大変だな。
杏杏「本日の白蕾様の落簪、晴晴様です。小葉様が早く上に上がるよう仰っていました」
白蕾「杏たちは大丈夫だった?」
杏杏「はいっ!」
雪雪「白蕾様、剣をお持ちしました」
鈴鈴「お怪我ありませんでしたか?」
金階に子妓がここまで集まるのも珍しい。
まるで拾われた子犬のように白蕾に尻尾を振っている。
晴晴「お前らも仕事しろ」
白蕾「はい、あたしも仕事に」
晴晴「――で、あんな渇いた土でどうやって作物育てるんだ」
白蕾「まさか土地は奪ってないですよね?」
晴晴「あぁ――名乗ったもん勝ちだからな」
白蕾「そうですか……土地の所有権の帳簿とかないんですか」
晴晴「宮中様にはあるかもだろうな〜」
部屋に向かう白蕾は怪しんでいるのか仮面の下から俺を睨んで見上げている。
この仮面を外すのは俺だけ――。
それだけで、面白い。
白蕾「知らないふりしないでください――」
と、いつもの屋根裏部屋の扉を閉めると白蕾は真っ白な仮面を外し、真っ直ぐとこちらを見ている。
晴晴「難しいことは国がすることだろ」
白蕾「――そうですね。わかりました。少しずつでも毒が抜けますよう」
仕方なさそうに肩を落とすと、仮面を俺に差し出す。
白蕾「あたしは晴晴様にお見せしていますよ」
晴晴「――いつから気がついていた」
白蕾「最初からです。隠しているなんて、見つけて欲しいも同義ですよ」
晴晴「お前の仮面の下の顔も、か」
白蕾「そうですね――(笑)」
俺は長い袖から白蕾へと差し伸べる。
これが俺の毒だ――。
その毒を白蕾は両手で包み込む。
白蕾「指輪が6つ付けられるなんて贅沢品ですね」
晴晴「6つなんて邪魔になるだけだろ」
この6本指を見ても白蕾は怖がらない。
まるで妖怪のようなこの指を――。
この手があるからこそ、親に捨てられ、汚し続けるしかなかった。
この毒はもう取り返しのつかないところまで汚れてしまっている。
白蕾が救おうとする誰かとは、まるで別物だろ。
白蕾は一本一本指を触っていく。まるで羨むように。
この毒の手が、指がまるで解毒されているようだ――。
白蕾「これは農業でついた傷ですね(笑)」
確かにそれは草を刈る時に葉で切ってしまったものだった。
白蕾「葉っぱって意外と強くてびっくりしますよね」
白蕾は自分の棚から軟膏を取り出し、軟膏を慣れたように俺の手に塗っていく。
重い剣を握る白いの手も傷でまみれていた。
白蕾「これはよく治る薬なんですよ」
晴晴「薬に詳しいのか」
白蕾「うんっ!红京が教えてくれたのっ!」
晴晴「はーん。红京な〜?(笑)」
今まで見たことない笑顔で白蕾は笑い、その人物の名を「红京」だと呼んだ。
白蕾は口を開けて固まり、軟膏を静かに棚にしまうしかできない様子だ。
その顔が「红京」に向ける顔か。
あぁ、痛い――。
痛みはとっくに忘れていたはず――。
俺は毒を袖の中にしまい、白蕾の顔を見て笑う。
金や力でなんとかしてきた俺にはこんな笑顔をする女を見たことがない。
違う男に向ける笑顔にさえ惚れてしまったのか――。




