落簪
小葉「――な、何を言ってるんだいっ!?」
賑わう屋敷の裏で女将小葉の怒号が響き渡る。
「しかし晴晴様が――」
小葉「あのバカ、本当に何を考えているのか――」
屋敷の面にある落簪台。
ここで妓女を男たちが指名していく場所になる。
そこには紫と黒の衣の男が慣れたように立っている。
小葉「――お断りだね。あれはまだ売ってないんだよ」
晴晴「落簪は作って来た。問題ない」
小葉「あんたはもう――。香膳の奥に座るんだよ……全く……」
「落簪」妓女を指名する際に男の名前が刻まれた石や木の札のこと。
落簪を指名する妓女の名前の下にかけ金額を伝え、落簪台の人が男を金額順に掛けていく。そして落簪の名前を呼ばれた男が妓女と過ごすことを許される。
「――白蕾、あんた落簪が入ったよ。準備しなさい」
準備しなさいと言われても何も準備するものを持ち合わせていない。
このまま行けも同義だった。
白蕾「はい」
ただ張り付いた冷たい笑顔で返事をする。
そうするしかないのだから、そうする。
やっとだ。これで――。
晴晴「どうだ?花街は」
引っ張られてやってきた場所はガヤガヤと男たちが妓女と食事をする間「香膳」で座っているのは晴晴だった。
あたしを買ったのはこの男だったのか――。
晴晴「なんだ、残念そうだな」
白蕾「いえ。失礼します」
晴晴「なんだ、お前は慣れているのか?」
白蕾「さあ、どうでしょう?」
後宮の妃たちがやっていた所作を真似してあたしは晴晴に酒を注ぐ。
晴晴は大きな手を目に当て、クスクスと笑っている――。
大きな衣からは手が見えない。
そういえば晴晴の衣の袖は他の人よりも少し長い。
晴晴「花街で苦労してるみたいだな」
身なりを冷たい目で見つめ、それもまた嬉しそうに笑う。
宮中の女が汚れていくのを楽しんでいるのか。趣味の悪い男――。
白蕾「あたしはどこでも楽しいですよ」
晴晴「なんだ、お前が地獄でも味わったとでも?」
白蕾「人によって地獄は違うのかな、と。晴晴様の言う地獄かどうか」
晴晴「あの世は地獄だったとでも?」
白蕾「はい、そうです。ただあたしの地獄はぬるかったのかもしれませんね」
晴晴「温度が違うというのか」
白蕾「はい――」
温度――。
そういえばどうして红京はあたしに温花……温かいと意味を込めてくれたんだろう?
あのときは嬉しくてそれ以上深く考えていなかったけど――。
あのとき红京はどんな顔して言ってくれてたの――?
いや。
あたしは今、白蕾だ。
花街にいる白蕾だ――。
酒を注いで、あたしは自分の目標を達成しなければいけない――。




