下庭へ
あたしは初めてこの世へ来た場所に立っていた――。
あの時は夢だと思った。だけど現代から逃げることができる救いだとも感じた。
この場所の匂いは独特で人間とゴミの臭い、整備されていない土は水捌けが悪く藻のようなものがこびりついていて歩くたびに足を滑らせる。
ここであたしは自由を求めて後宮へ入った。
あれだけ命を狙われていたのに、誰かのおかげで想像していたような生活はできたと思う。
あたしは――。
誰かの犠牲で成り立つ自分の自由や、生活はなんだか耐えられなかった。
だからまた逃げ出してしまった。
もう逃げたくない――。
一人で立てるようになりたい。
下庭と呼ばれるこの場所は後宮改革が進み、祝街ができた後はさらに貧困が進んでいるようにあたしの目には映った。人々は細く、話すことをしない。最小限の行動で生きるしかない。こんなところに逃げても、これ以上逃げる場所はないはずなのに。
白蕾「――っ……!」
こんな街で宮中から出て来た女が連れ去られるなんて考えればわかるはずだ。
下庭の人々からすれば高価な衣に身を包んだ女は餌でしかない。
もう、自分で立たなきゃいけないから――。
冷宮って整えられていたんだな。
ここはもっと冷たい場所だ。
綺麗な衣はあっという間に泥に塗れ、簪が抜かれ髪は泥で絡みつき、自分から腐敗臭が漂う。
「お嬢ちゃんはここでおねんねしてな」
簪を手に入れた男は嬉しそうに自分の汚れた衣に包んで、笑みを浮かべる。
簪なんてどうでもいい。楊兎はもっと過酷な環境で生き延びて来たんだから。それに比べればなんてことない。
あぁ、お腹がすいた。
下庭にやって来てあっという間だった。
自分が不幸せだなんて。現代でこんなことは起きない。全然幸せだったじゃん。
「あの女笑ってます――」
「宮中から逃げ出した女は厄介だ。早く消せ」
「はい――」
牢から引っ張り出されると、下庭の人にしては立派な衣に身を包んだ男が立っていた。
あれ――。この綺麗な顔――。
白蕾「あなたがここのボスですね」
「――」
睨むだけで何も言葉を出さない男の考えがあたしには掴めない。
だけど、この男と交渉をしなければあたしは消される。
黒に紫の衣はこの男の綺麗な顔をさらに仕上げる。
黒髪は暗闇に消えていきそうなのに、紫の瞳だけがこちらを捉え光っている。
白蕾「――女を金にしないなんて勿体無い人たち」
いい。あたしは強いから。そう言い聞かせれば強い女にだってなれるはず。
もう温花でも〇〇でもないから。
「自ら自分を売れというのか」
「晴晴様に失礼だぞ!女っ!」
白蕾「失礼?あたしは知らない名前だけど?」
「宮中の女が知るはずないだろう?!」
「こんな高価な衣を泥だらけにしやがって!」
いいよ――。
殴っても、蹴っても。別に慣れてる。
この男から目は逸らさない。
この周りの男に勝つことは考えない。このボスの判断であたしが決まること知ってるから――。
晴晴「失礼だな、宮中の女をこんな扱いをして。早く着替えさせろ」
「し、しかしっ」
「はいっ」
ほら。
この人に勝たなきゃ。
双六は投げなきゃ進めない――。
この目の前の男はあたしが衣を握っている手を見ていた。
この人はあたしと同じだ。
変化を感じることのできる人だ――。




