冷宮
李珠江「華辉様!」
そこに上級妃の1人、最上級妃の李珠江が慌ててやってきた。
そして屋敷の中を見ると華辉と温花は寝ている。
「李珠江様!このような屋敷に入るなど、呪われてしまいます!」
「ここは墓場なのですよ!」
慌てて追いかけてきた侍女たちは主人が固まっている姿を見て、同じく固まってしまった。
李珠江「皇帝が自ら墓場に来るなど……下級妃にここまでコケにされたのは初めてです」
李珠江は小さく呟いた。
そして華辉のところまで行く。
李珠江「華辉様!なんてだらしのない!起きてください!ここで何をなさっていたんですか!?下級妃にここまで時間を費やすなど!」
華辉「なんで李珠江がここにいる?」
まだ華辉の目は空いていない。
朝方まで双六を作っていたから。
李珠江「ここに華辉様がいると聞いたので!」
華辉「後宮の中だろう?俺の自由だ」
李珠江「上級妃、皇后様をほったらかしにしていいはずありません」
華辉「なぜただの妃が決めるんだ?」
寝起きで機嫌が悪いのか華辉は李珠江の奇行に強く言い放った。
李珠江「なぜって……こ、後宮の意味が無くなるではないですか!」
華辉「上級妃である自分の意味がないと?」
華辉はめんどくさそうに李珠江に答えた。
楊兎「――李珠江様、上級妃のあなたが乱すのはよくないです」
楊兎将軍は李珠江様の横に立って見下ろし、宥めた。
李珠江「たかが一将軍が私になんと?……しかも元奴隷のあなたが私に、なんと?」
楊兎「すいま――」
温花「楊兎将軍、謝らないで。楊兎のこと何も知らないのに身分で判断するなんて浅はかなお妃様。……努力した者を笑うなんて――」
温花は見たことない顔であの上級妃の貴妃、李珠江様をすごい目で睨んでいた。
怒ってくれるのは嬉しいけど、これではまた大きな敵を増やすだけだ――。
そんな温花の頬を李珠江は強く叩いた。
温花「……これでは何の解決にもなりません」
李珠江「うるさい!」
華辉「温花の言っていることは間違っていない」
温花の頬は真っ赤になってしまっている。
華辉は後宮があるから下級妃の温花のところにも通うのだ。当たり前だろう。
と、李珠江様のことを宥めた、が――。
華辉様は慰めるため李珠江様を連れて行ってしまい、時間が経たないうちにぞろぞろと李珠江の牡丹色の玉をぶら下げた兵がやってきた。
楊兎「まぁ、李珠江様のお家は古いときからのお付き合いがあるからなー。国との関わり方がちがうもんなー」
楊兎将軍は悟った様子で両手を上げた。
皇帝陛下と過ごし、上級妃を睨みつけてこのような流れになってしまうのも考えられたはずだ。
それ以上に大事なものか――。
李珠江「奴隷と下級妃、お似合いですね」
李珠江様は高い場所からあたしと楊兎将軍のいる冷宮を冷たい目で睨む。
あの結果がこれならあたしは受け入れることができる。
だけど楊兎将軍までここに入れる必要は無かったはず。ふつふつと怒りが込み上げてくる。
土の中に作られた冷宮は暗く冷たい。湿度からなのか虫もいる。手足を鎖で繋がれた。
温花「どうして楊兎は将軍になろうと思ったの?」
楊兎「そうだなー」
まるで火が消えてしまったようだ。
温花は静かに話し始めた。
俺を知ろうとしているのか――。
楊兎「俺の集落は白髪の人たちが暮らしていて、気味が悪い、呪いだと言われてきた。小さな村が大きな国によって消された――」
そして生き残ったのは俺だけ――。
殴られて、食事を抜かれて、死なない程度に毒を盛られて。周りよりも少し頑丈にできた体の俺だけが残った。
抵抗しなければいいと知った。ただ言われるがままに兵となった。そうすれば食に困らないことを知った。
俺のいた集落のことは良いように変えられた。勝ったものこそ全てだ。
俺は奪われたから奪っていいと、都合のいい考えをしていた。
楊兎「――奪って、奪って俺はここにいる。罪滅ぼしだ。この国を守れば救われる命があると思って、さ」
温花「楊兎……何か話したほうが、気が紛れると思ったの……」
温花は蹲っている。
楊兎「気にするなよー温花」
温花「楊兎は奪ったんじゃない、奪われたんだよね……?」
楊兎「ありがと、温花。でもその後にさー、俺たちの軍は華国の軍へ加わることになってさー。その奪うしかなかった俺たちに力と知識をくれた。そこから力の強い俺は東宮の華辉の護衛に回って。そんときが8歳くらいかなー。華辉もまだこどもでさー」
温花「8歳?!」
楊兎「そうそう!それから華辉と毎日遊んでさー、楽しかった!全部李春のおかげでさー」
温花「李春?」
楊兎「その人が――。李珠江の兄だ。子どもが兵として扱われているところ助けてくれた命の恩人でさー。李珠江のことを勝手に妹だと思ってたけど、向こうはそーじゃなかったのかもなー(笑)」
温花「……」
温花は察したのか、李春がどうなったのか聞けねーよな。
楊兎「戦死しちゃったんだよなー。元々李家は代々将軍家でさ、エリートたちなんだけど。子どもの時に兵をやらされて助けてもらった、あの国に李春(りしゅん9将軍は……俺がいなければあの優秀な……」
温花「とても立派な定めの中で生きた方だったんですね……」
温花はその話を聞く中でどれだけ感情移入しているのか……泣き始めてしまった。
温花「私もその李春将軍に救われたんですね」
楊兎「温花は会ったことないじゃん?」
温花「でも楊兎将軍に会えてる……。私にとって楊兎将軍は大切な友人で。李春将軍が居てくれたから――」
楊兎「あぁ!そっか!そうだな!」
李珠江「……楊兎兄様、ごめんなさい……」
冷宮の扉の向こうから声が聞こえてきた。
その声を聞いた楊兎将軍は笑い始めた。
楊兎「李珠江様は俺のこと知ってる一人だと思ったけどなー」
冷宮の重たい扉が開く音は冷たい空間に響く――。
そこには李珠江様が申し訳なさそうに立ってた。
あたしと楊兎将軍は解放された。
あたしには、まだ分からないことばかりだ。誰の正義が正しくて、誰が間違っているのかも。
それでも――。
ここに立ち止まり続けることだけは、もう出来ない気がしていた。
李珠江様がどのような人間かあたしは知らない。
ただの噂話で、皇太后様、皇后様と大きくつながりのある人物だと。それだけしか知らない。兄を亡くした経験も、家族を亡くした経験もあたしにはない。
「毒親」だとあたしは思って、家族のことを大切に思うことができなかった。
どうして楊兎将軍はここまで他人を思い、強くなることができたのか。
あたしだけが不幸だなんて、逃げてばかりだなんて情けない――。
この目の前の女性は最愛の兄を亡くし、今もなお悲しみに暮れている。
あたしには李珠江様、楊兎将軍の本当の気持ちはわからない。
この人たちも、あたしも生きる世で、場所で強くなるしか無かっただけなのかもしれない。
それだけは一緒なような気がした――。
だからあたしはあたしで生きてみなきゃ――。
決心できることが続いたのはそうしろ、と神様に言われているのかも。
駒を振ろうとせず、ずっと同じとこに止まってはいけないこと双六で知っていたはずなのに。
なんだかぷつんと切れた音がした――。




