朝日と鳥たち
楊兎「……陈莉!」
この大きな声は暗闇を強く照らしてくれる――。
主人の温花様が帰ってこない。
私は体を小さくし、立ち尽くすことしかできなかった。
暗闇に輝く銀髪の人物が慌てた様子で屋敷の中に入ってきた。
陈莉「温花様はどこですか?!温花様は……!」
楊兎「陈莉。まずは陈莉の安全を確保しなければ温花が危ない」
陈莉「どのような状況なのでしょう?!温花様はご無事ですか?」
楊兎「陈莉〜、落ち着いて〜。大丈夫だって!温花には皇帝の華辉と……红京もいる」
陈莉「……ではなぜ屋敷に戻らないんですか……」
楊兎「陈莉はここで俺と待つのが皇帝からの命だ」
陈莉「待つだけなんて……!」
楊兎「……温花は自分の足でここに戻ってくる。主人を信じてみよーぜ?温花帰ってこなかったら、俺のせいにしていいから。な?」
楊兎将軍は真っ直ぐに私を見た。
この人が嘘をつくなんて思えない――。
私の周りにはいつの間にかそんな人ばかりになっていた――。
陈莉「……わかりました。朝までここで待ちます……」
墓場と呼ばれる屋敷はいつの間にか花木が柔らかく咲く屋敷へと生まれ変わっていた。
春から夏と、まだそんなに時間は流れていないはずなのに。
同じ時間の間に温花様は一国の王と、無敵と呼ばれる将軍、心優しき医者見習いと友になり楽しい時間をこの屋敷で過ごした。
嘘のようだけど、これが現実。
後宮内の妃はほとんどが敵であるのに温花様はそれを気にも留めない。後宮内の派閥にも興味がない。反感を買うのも仕方のないことかもしれない。
でも思うがままに過ごす温花様は私には輝いて見えた。
私は――。
家の暮らしが行き詰まり下女として売られた私は働いていたがその仕事でさえもうまくできなかった。
いじめられて当然だと思っていた、のに――。
温花様とここで暮らすようになり、侍女として役割を与えられる中でなんで下女としてうまくやれなかったのかわかってしまった。
寝具の汚れは落ちにくいものばかり回ってくる。
掃除は1番大変なところ、物が多いところ。
寒い日の火をつけるのも一苦労だった。全て難しい仕事を押し付けられていた。
他の仕事を知らなかった自分も悪い。
妃である温花様は自ら動いて回る。
「楽しんだもん勝ちだからね!屋敷を掃除できる日が来るとは〜!」「みて!陈莉!草を刈ったら綺麗な色の蝶が蜜を吸ってる!」「陈莉!これどうやって火をつけるんだろう?合ってる?」「どんな食事作る?これは美味しくなかったね、ごめーん!これは美味しいね!また作ろ!」
とにかく楽しく過ごしているように見えた。
温花様と出会って蝶の彩り、火の温かさ、食の味わい、日々の楽しさを知って、見ることができるようになって――。
仕事は嫌なことだと思ってしまう私はまだ未熟だったんだ。
そんな温花様のことを手に入れたいと皇帝陛下が動く。
皇帝陛下が人間であったことを私は知らなかった。
一国の将軍様も皇帝陛下の命でもあるけど、友人としてこの屋敷にやって来てくれる――。
陈莉「――温花様がおっしゃっていました。北の国の方の出身だと。こちらの夏は辛くないですか?」
楊兎「9歳からここにいるから、もう慣れた!」
この大きな体、銀髪に綺麗な顔の男はいつも小さな子どものような反応をする。この違和感?に笑いが堪えられなかった。
楊兎「どうしたっ?!」
陈莉「楊兎将軍がまるで子供のように見えてしまって……(笑)あっ……失礼しました!」
楊兎「ん?陈莉のほうが子供みてーじゃん!もう少し大きくならねーと!食ってるか?!」
陈莉「私の親はどちらも大きくはないので、これ以上は大きくなれないのです」
楊兎「そうか、親から受け継いだものか。それは大事に」
陈莉「はいっ」
朝までなんでもないような会話をし、温花様を待つしか私にはできることがない。
暗闇に包まれていたはずのこの屋敷に温かい空気を朝日が登り私たちの体を温める。鳥たちはまるで喜びを歌うように囀る。
その方向には――。
医学館の緑の衣に身を包んだ人が息を切らしてこちらに向かってくる。
温花「陈莉!」
陈莉「温花お嬢様っ!」
寝不足の体は走り出そうとする足を絡め取ろうとしてくる。
楊兎将軍は体を引っ張り、私は転ばずに済んだ。
あ――。私はこの人たちといたい――。
温花お嬢様に飛びつくと鼻がもげそうなほどの薬草の匂いが衣に染み付いて、むせてしまう。
温花「ご、ごめん。楊兎将軍ならここに来てくれると思った……!ありがとう!」
楊兎「華辉もさすがだな……(笑)本当に温花自分で戻ってきたな……(笑)あ、今回は陈莉よりも红京の方が危ないんじゃねーの?」
温花「红京?なんで?……待って……まさか!」
楊兎「おいっ、温花!ここから動くな!」
楊兎将軍の力は強く、温花お嬢様の体はびくとも動かない。
温花「はーなーしてっ!红京のところに……行かせて……!」
楊兎「これは華辉からの命だ。この屋敷の住人の安全を俺が確保することになっている。红京のほうに華珩と華辉がいくことになっている。温花はここで待つように!」
温花「やだ。あっ――!……こちょこちょこちょー!」
温花様は空に指を刺すと、楊兎将軍の隙をついて体をくすぐる独特な動きを見せ、楊兎将軍の力は弱まってしまったようだ。
楊兎「……寵妃が医学館の男とできていることが公になってしまえば……红京も死に直結する刑罰が下される!これは覆せねー!」
温花「それは嫌!……红京と死なない約束した!」
楊兎「それならここに留まるんだ!」
温花「……あそこに行けば何が起きるか……!」
楊兎「だから红京が行ったんだろ!?」
温花様は楊兎将軍にまた捕まると今度は大暴れしている。
たぶん――。
红京様は華有様の気を温花お嬢様から離したいのではないのか――。
陈莉「――もう温花様をどこにも行かせません!もうだめです!じっとしていてください!」
温花「――陈莉ぃ!離してよー!だって行きたいところがあって!」
陈莉「だーめーです!」
楊兎「陈莉その調子だー(笑)」
もうかれこれ何分陈莉しがみつかれているのか分からない――。
陈莉「申し訳ないですが紐で括り付けてもよろしいでしょうか?!皇帝陛下の命を無視するなど許されません!」
温花「楊兎!どうにかしてよー!」
楊兎「はっはっ!(笑)どうにかって?(笑)俺もこの屋敷に温花閉じ込めないとだしな(笑)」
温花「もーっ……!」
温花様は落ち着かない様子で屋敷の中で動き回るが、楊兎将軍の隊「白飛営」が屋敷の周りを囲んで外に一歩も出れない状況が出来上がってしまい、まるで魂が抜け落ちてしまったのではないかというほど静かになってしまった。
翌朝の温花様は目の下にすごいクマを作って部屋から出てきた。
まさか自分の屋敷にあの人がいるなんて思ってなかっただろう――。
红京「温花様、本日の健康観察させていただきます」
まるで時間が止まったように温花お嬢様は何度も目を擦る。
色々業務を終わらせて戻ってきた楊兎将軍も居合わせた。
楊兎「红京……お調べに呼ばれてたんじゃ……あれ?」
陈莉「お調べっ?!」
温花「お調べって何?……え……」
陈莉「……華有様から身体検査という名の――」
红京「華有様の健康観察に行ってました」
温花お嬢様は頭をあちこちに向け、この状況と会話の意味を理解しようとしていた。
楊兎将軍は大きな声で笑う。
红京様は疲れ果てた様子で、目を細めた。
楊兎「そうきたか!……そうかっ!(笑)」
温花「えっ、えぇえぇ?!まって?!まって!红京……ええっ……」
红京「皆さんは何を考えてるんですか。俺は医者ですよ。見習いですが。仕事をしてきただけです」
陈莉「……お調べって健康観察のことだったんですか……?てっきり……」
温花「ええぇっ?!」
红京「陈莉……変な誤解を抱かせないでください」
楊兎「抱くっ?!」
红京「あぁ……。ほぼ徹夜からの仕事なんです。手間を取らせないでください」
温花「て、て、徹夜?!」
红京「夜は温花様のところにいましたけど……記憶喪失もいい加減にしてください……」
温花「えっと……温花、はい、元気です……!」
红京「……とにかく今日は湯浴みしてください。清潔に!そして体を温めてください」
温花「……う、うんっ!はいっ!」
红京「返事は1回で聞こえてます……ではまた……」
温花お嬢様は红京様と会話を続ける中で何度も顔を見ては、離れ、覗きこむ――。
何かに気がついた様子で手を挙げた。
温花「红京……待って……あ……やっぱり!楊兎将軍!红京熱があります!」
楊兎「医者が?(笑)」
红京「早く仕事を終わらせたいので邪魔をしないでください、早く寝たいんです」
楊兎「わかった!じゃ、俺の屋敷にきて!红京は今日休みを申請しておく!」
と、楊兎将軍は180センチ越えの红京を軽々と持ち上げ、軽やかに自分の屋敷に向かった。
陈莉「お風呂の準備します!」
今日も陈莉と一緒に準備を始めた――。
味方がいるとこんなにも心強いなんて。
红京はお調べ?を受けてきたの?あたしの解釈間違いじゃなかったら……どうしよう……。
健康観察がお調べ……?
色んなモヤモヤとした気持ちが爆発しそうだ――。




