夕陽から月夜
温花「……ほ、红京!?」
むしろ俺がいることに温花は驚いていた。
谢琦と呼ばれるその人物はずっとニヤニヤと笑っている。
谢琦「温花が水に飛び込むんだもん!びっくりしゃったー!」
違う――。
飛び込むことを選ぶしかなかった。
自ら死を選んだことにしたかったのか――。
その作戦が失敗に終わったため、この谢琦という少年はここまで追ってきたのか――?
味方なのか、敵なのか――。
少年のことを考えても答えがわからない。
そもそも温花は何故、谢琦を知っている――?
红京「温花様、この方は?」
温花「あれ?红京知らないの?谢琦様、羌笛がとても上手な人なの」
羌笛は華王国では珍しい楽器のはず。確か西方の楽器だったはず――。
異国の者なのか?
長髪でなく短髪、華王国の身だしなみには見えない軽装。わざと、か。
忍者のような役割をするため身軽にしているだけだと思っていたが色々と闇が深そうだ――。
それに温花は谢琦様のことをどこまで知っているんだ?
まるで友人のように話す2人。
すぐに人を信用することをやめて欲しい――。
温花「……まだ少しぼーっとするの」
谢琦「白湯でも飲めるかい?」
温花「うん……白湯なら飲めそう」
自分もまだびしょ濡れな俺とは違って谢琦様は冷静な判断ができている。
谢琦「水路に落ちちゃったし、屋敷で湯浴みするのがよさそうだよね!」
红京「温花(うぇんふぁ様?……今、後宮になんて戻るのは危険ですよ……」
温花様をどうしたいんだ?
今後宮になんて温花が戻れば皇太后様、華有様から次何をされるか――。
俺は今まで素直すぎる人たちに囲まれすぎていたんだな……。
温花、楊兎将軍、華辉様、陈莉までも――。
人の心を考えること、こんなにも疲弊することだったのか。
谢琦「医学館なんて男ばかりだよ?こっちのほうが危ないでしょー、红京もずっとここにいるなんて難しいし、侍女の陈莉も危ないでしょ?」
温花「陈莉は大丈夫」
温花はやたら強気に答えた。
谢琦「でもこんな真っ暗なところにいるなんてずっとできないでしょー?」
温花「谢琦様、死ぬまでここにいるつもりはないですよ(笑)」
温花様は震える体を掴んで起き上がった。
谢琦様のこと牽制しているのか――。
そうだ、この人は素直なようで人を見る目はある。
温花「……魏峰様だったら、どのように判断しますかね?」
温花は谢琦様の顔をあえて見なかった。
谢琦様はニヤニヤと笑ったままだ。
魏峰様……?
上級妃の1人、淑妃の?どうしてその人物の名前が上がってくるんだ?
谢琦「なぜ魏峰様?(笑)」
温花「あのお方は冷静だから、判断を知りたくて」
谢琦「温花様はあまり妃には興味ないものだと思ってました」
温花「そんなことはないんですよ」
この二人の中で見えない攻防のようなものがあるのだろう。
俺も温花が他の妃の情報を持っていることに驚いている。
谢琦様と同じように質問していただろう。
谢琦「すいません、ここにお邪魔して」
谢琦様は突然、窓の外に飛び上がった。
本当にあの人は猫みたいな人だ。
红京「いえ、温花様の意識が戻ったのは谢琦様のおかげです」
「またねー」と気楽な挨拶をして薬庫から出て行ってしまった。
その姿を見た温花は力が抜けたように体を横にする。顔色は悪く座るのもやっとだったのか。
红京「なぜ谢琦様のことをご存知だったんですか」
温花「――あー死ぬかと思ったー……」
窓から溢れる光はいつの間にか月の光に代わっていた。
この夜にこの人を一人にしてしまうわけにいかない――。
红京「本当に危なかったんですよ。もう少し自分の身を大事にしてください」
温花「そんなのわからない……(笑)」
红京「わからない……?毒を飲まなければよかったですし、水路の近くに行くべきではなかったし……!」
温花「それは大事にされたことがある人はできるよね……?誰かのために生きないと自分がわからなくなってしまう……」
どうしてそんなことを言うんだ。
わかっていたはず。なんで諦めるんだ。
红京「そんなの自分1番でいいんです!」
温花「そんなのとっくにわかってるよ、红京。――でもわからない。本当に疲れた、自分のためだけに生きるなんてしたことないし――」
温花は仰向けになっていた体を横に向け小さく丸まって寝てしまった――。
スースーと寝息を立てて――。




