角の王様
朝の健康観察の時間に红京がやって来るからあたしは逃げるように裏の森に行くようになっていた。
红京「陈莉あの人はまた森へ行ったのですか?」
陈莉「……北の地で何かあったんでしょうか……?あれから毎日森へ行ってしまい……」
红京「慣れない土地と仕事とお疲れなのでしょう。また夜に参ります――」
北の地に行かなくても心地いいんだけどな――。
屋敷の裏にある森は草木が生い茂り、青々とした葉が夏を知らせる。
小さな小川のせせらぎは心地よく頭の中を流してくれる――。
足を冷たい水で冷やし、木の影のある石に座り涼む。
「どちら様?」
小さな子どもの声がする。
温花「こんにちは、温花と申します」
立ち上がり、足の水を振り払う。
立ち上がり声のする方を見ると、そこには泥まみれになった男の子がいた。
「温花?聞かねー名前だな!上級妃でも中級妃でも無いんだろう?(笑)下級妃は屋敷もなく森で過ごすしかないのか?(笑)」
小さな体で私のほうを見上げ、自信満々の様子だ。
この男の子を見てあたしは自分の弟を思い出した――。
あぁ、痛い――。思い出したくない。
温花「あたしは名乗ったのに〜(笑)あなたの名前は?教えて?」
「下級妃のくせに無礼だぞ!こんなところで何をしてる!?」
温花「あたしは見ての通り涼んでるの(笑)人に名を尋ねてあなたは答えないの?(笑)」
「無礼者!俺を馬鹿にするなんて!俺はお前より偉い!」
温花「でもあたしはあなたよりは歳上だけど?(笑)」
「ババア!ババアってことだな!」
温花「それではあなたはガキなんですね、自己紹介ありがとうございます」
ずっと強気の姿勢を崩さないその男の子は自分が偉いのだと威張ってばかりで会話にならない。
少しちょっかいをかけてみた。
「うっ、うるせー!……」
グスグスと泣き始めてしまった。
あ……やりすぎたかな……大人気なかったな……。
ん?この森の中に人が他にもいるなんておかしい。しかも誰かを探しているようだ。
温花「こっち……!こっちに隠れて!」
その男の子の手を引いて走り、袖の中で隠した。
「何すんだよ!」
温花「しっ!誰か人を探してる、危ない人だといけないから」
その人たちが行くまでしばらく隠れ続けた。
やけにおとなしくなった男の子は「もういいだろ」と不貞腐れた顔で袖の中から出てきた。
温花「あなたを探してるのね」
「……あいつら悪いやつだ。いつもいつも俺を捕まえて」
温花「今日は何のお稽古をサボったの?(笑)」
「はっ?!……なんでわかるんだよ!」
温花「あなたより長く生きてるババアだから、ね」
「……温花様……すいません……」
温花「わかればよし(笑)……ちょうど退屈してたの、ちょっと付き合ってよ――」
森の中に生える草が道を示す。
その先から楽しそうな声がする――。
「うわあ!すごい!カブトムシだ!」
温花「こっちの木も揺らしてみよっか?」
红京「――朝の健康観察をサボってあなたは何をしているんですか?」
夢中になっていたようで俺がここに来るまで気が付かなかった泥まみれになった少年と、両手にカブトムシを持った妃は驚いて目を見開いている――。
温花「えっと……これは……課外授業で……カブトムシを……」
温花の隣にいる少年は黒と金の衣に身を包んでいる――。
長く息を吐くしかできなかった。
红京「妃が貴方のの先生をすることはできませんよ」
「いやっ!俺が命令したんだ!だからありえるだろ!だって俺は温花と婚約したんだ!俺が決めたんだ!医者見習いが口を挟むなっ!お前こそこんなところで何をしている!」
红京「婚約ですか……皇帝陛下の妃と婚約するにはそれなりの手順を踏まなくてはなりませんね……。私は健康観察から逃げ出した妃を探しておりました」
「なんだ!温花も逃げてきたのか?!健康観察くらい受けて来いよ!」
温花「だって……」
红京「だってじゃありませんよ。侍女を心配させてこんなところで虫を獲っている妃はあなたくらいです。屋敷へ帰りましょう」
温花「そう言えば――」
「いったーいっ!」
温花は少年の手の先のカブトムシを振り払う。それと同時に見回り部隊が少年に視線を集中させた。
俺は緑の衣を丈の長い草木に急いで隠れるしか無かった――。
「華珩様!」
華珩「あ、やばい……。――なんだこの森は!お母様に俺のこの傷はお前たちの責任だと言いつけるぞ!ちゃんと見てなかったお前たちが悪い!」
少年が兵たちの気を逸らしている間に温花の手を引いて、近くの草をちぎり体に被せる。
红京「――あの方は――」
温花「――うん、わかってる。ごめん、红京まで巻き込むつもりは無かったの……着いてきて」
少年のほうに兎は慌てて飛び出し、俺と温花の動きはうまく掻き乱され、屋敷まで戻ることができた。
温花と関わってこんなことが増えて――。
陈莉「ど、ど、どうしたんですか?何があったんですか……?!」
温花「あ……えっと……」
红京「薬草を取りに行っていたんです。温花様は足を滑らせたようなので処置をします。陈莉、お湯の準備をお願いできますか?」
これで陈莉が部屋に戻ってくるまで時間を稼ぐことができる。
見上げると温花は罰が悪そうにこちらをみていた。
红京「……華珩様とご存じでしたか?」
温花「ううん……衣の色と意地っ張りだったから、身分の高い子なのかな……とは思ってたんだけど……」
红京「華珩様――。あの方は華辉様の異母兄弟です。皇太后様の妹にあたる華有様の皇子です……温花がもし一緒に森で過ごしていたことがバレてしまうことがあれば――」
温花「红京はちゃんと隠れてたよね?大丈夫だよね?」
红京「どうしてあなたはこうも巻き込まれてしまうんですか――自ら難しいほうを選んでしまうんですか――」
温花「――だから1人でいいのに……」
温花は目を伏せ、衣を握りしめる。
北の地で枯れた花が風に舞ったときのように、目の前の花はまたひとつ花びらを落とす――。




