震え
自分の当たり前が、誰かの当たり前で無かったときどのように向き合えばいいのか。
何が正解で、不正解で。
自分は自分でしかないのに、誰かを壊してしまう――。
目の前には目を真っ赤にさせ、体を小さく丸めているのに。
あの少年に向ける本物の笑顔を見てしまったことに耐えられなかったことが俺の頭の中を支配する。
違う。これは違う。
自分への恐怖、落胆。
こんなときにも自分のことばかりで腹が立つ。
温花を思いやることを優先すべきだと言うのに。
ずっと温花が分からなかった。
だから知りたかった。
皇帝である朕に物怖じせず、楊兎の姿を見ても心が揺らぐことなく、侍女陈莉とは友人のような関係を作りあげる。
これが華国では難しいこと。まるで分かっているかのように、それを当たり前に受け入れる。
それを当たり前にさせてしまえるほどの人物がいたという事実。温花の仮面を剥がすことができる人物。
何をすればそれができる――?
分からないのは温花だけだったはず。あの医学館の少年は何者だ。
なぜ温花を自由にできる?
なぜ選ばせる力を持っている?俺よりも権力を持っていないはずなのに。
わからない。
そんな朕の思考を止めるように目の前で震えていた温花は力を込めて朕を振り払う――。
温花「辞めてっ!」
妃が朕を拒む。そのような前例、この国には存在しない。
朕を傷つけるようなこと、ありえない。
これまで味わったことのない女からの拒否反応に「まさか」――。
朕にとって屈辱、恥。
当たり前にあった体が水の底に沈められるようだ。
このような感情に支配されるのは初めてだ。これが嫉妬というものなのか。
後宮で過ごす女子たちの気持ちがこんな形でわかってしまうなんて――。
華辉「うぇ……温花……!温花!」
温花「――」
朕が温花の名前を読んでも届かない。
わからない。
朕が名前を呼べば、贈り物をすれば他の妃たちは喜ぶ。
なぜ、温花は震えて泣いている?
華辉「陈莉、温花のことを頼む」
その言葉を部屋の外で待っていたのか、侍女の陈莉は走って部屋の中に入ってくる。
泣いている人に対してどのように接するのが正解なのか知らない。身なりを整え、朕は部屋を出る。あとは侍女がうまくやるだろう。
「――陛下どうなさったのですか?!」
慌ただしく侍女、宦官たちが駆け寄る。
そうだ、俺は拒否されるような人間ではない。温花の反応が周りと違っただけだ。
温花が力を込めていたことが、この腕の痣を見ればわかる。
誰もが心配をする。
医者たちは大きな籠を開け、丁寧に治療を始める。
侍女たちは朕の好みの香を炊く。
宦官たちは犯人探しが始まる。
華辉「楊兎を呼べ」
「今、楊兎将軍は軍部会議に出席されております……」
「す、すいません!軍部会議よりも陛下との会合を優先事項のため、急ぎで手配いたします」
軍部会議の資料を持ったまま楊兎は現れる。
この朕の屋敷の輝きにも負けない美貌で侍女たちの空気が浮く、見物人が多くなってしまうため部屋の中で話を進めることになる。
華辉「ふっ(笑)あの変人、やはり楊兎に頼みたい」
俺の様子を見て楊兎は大きなため息をつく――。
楊兎「――はぁ、今度は何があった。何を隠してる」
華辉「隠している?」
楊兎「俺には華辉が壊れているように見える」
華辉「どうしてそうなる。理由次第では楊兎であっても許さんぞ」
楊兎は仕方なさそうに跪く。
楊兎「女でも泣かせてしまったように見えます」
華辉「はっ……?楊兎!」
楊兎は確信した顔で朕を見上げる。
なぜ楊兎はそこまで人の感情がわかるのか。
銀色の髪に黄金の目の色のこの男も不思議な人物だ。
この黄金の目と温花の透明な目はどこか似ている。この違和感は――。
楊兎「変人ちゃんと何があったの?」
と、楊兎は立ち上がり、大きな体を椅子に落とす。
これは話を聞いてくれる友人としての姿。
華辉「――」
医学館の少年のこと、温花が俺を拒絶したこと。楊兎にはなんでも話せる。
黄金の目はまっすぐにこちらを見て、こちらは眩しい。
楊兎「それ、変人ちゃんを置いて来ちゃったってこと?」
いつもおちゃらけている楊兎の表情が硬い。
華辉「そのために侍女がいる」
楊兎「華辉も泣かせてしまったことはまずいって思ってるだよな?華辉がそうしたのに、責任は取らないの?」
華辉「俺も傷つけられたんだぞ?あんな酷い言葉を……それにこの痣は温花がつけたもの。処罰を無くしたのは温花を救ったことになるだろう?」
”華辉は知らない。
人間には気持ちがあること。感情があること。
俺は華辉も被害者であること。分かっている。
皇帝、皇子である華辉は傷つけられない、否定されない、愛され、従われる前提で人生が回っていた。
それを温花の拒否によって壊された――。
自分の感情は分かっている。相手の状況も分かっている。
だが、相手の感情の理解ができない。
何度も、何度も傷ついて来た人はこれ以上誰かが傷つかなくていいように、誰かが傷ついてしまったときに手を差し伸べようとする。
人の壊れる気配が分かる。自分、周りを守ろうとする。防衛本能が働く。
自分のことを自分で選択し、拒否をしたのが温花。
自分のことを選択しているようで選択を決められ、守られていた華辉。
人の気持ちに気がつける人、そうでない人がいても個性の1つ。
だがそれで手を差し伸べなくていい理由にはならない。
親友だからこそ、華辉に分かってほしいことだ。
人を傷つけてしまうことを怖いと思わなければいけない。
あの人を傷つけてきた母親、皇太后の守護の中、籠の中で育てられたのだから――。”




