飲まれなかった薬
医学館から戻ってきた温花お嬢様の顔には色がなく、腕を冷やし始めた。
医学館で何かあったの?陛下が一緒だったはずなのに、このようなことになってしまうの?
部屋に戻った温花様は男物の衣を脱ぎ捨てて崩れ落ちた。そんな温花お嬢様に布団をかけて体を隠すしかなかった。
陈莉「誰がこんなことを!許しませんっ!」
温花「陈莉、大丈夫よ。また手紙の書き方を教えて」
気を遣って元気だと伝えてくれたけど、これは絶対に大丈夫じゃない。布団にくるまって出てこなくなってしまった。
陈莉「お嬢様どうしたんですか……医学館で何があったんですか……」
温花「また怒られちゃった……、きっと破かれてるだろうな……(笑)」
陈莉「破かれる……?」
温花お嬢様はお気に入りの桜の見える客家のところには行かず部屋に篭りっぱなしで――。
ここが幸せなのだと毎日楽しそうだったのに。
静かな墓場の屋敷に黒と金の衣の人物が静かに入る。いつもは堂々と存在を見せつけているのに。
やはり医学館で何かあったのね……。
華辉「温花は……大丈夫か」
陈莉「部屋に篭ってしまって……」
華辉「……少し俺もここで休ませてくれ……」
陛下もお疲れのようで、急いでお茶を入れた。
医学館で何があったか侍女の私が聞く権利は持ち合わせていない。陛下の言葉を待つしかない。
陈莉「……」
華辉「陈莉、温花が大事にしているその薬は誰からもらったものだ?」
皇帝陛下が侍女である私の名前を覚えてくれたことに驚きが隠せなかった。それだけ温花お嬢様が皇帝陛下に思われているということなのだろう。
陈莉「わかりません……医学館のものですね?この薬飲むことはしないようで……もう飲めるものでもないかもしれません……」
華辉「……元気薬は飲まぬのか」
陛下は項垂れていた。
「飲まない元気薬」の違和感を陛下に言われて感じ始めた――。
華辉「……陈莉。温花を昇進させようと思う」
突然の提案に私は固まってしまった。
何かあったから……?
陛下の顔、温花お嬢様の様子からしてとてもいいことがあったようには見えない。
陈莉「温花お嬢様は楊兎将軍の奥様になるのでは?!」
華辉「楊兎と相談の結果だ」
陈莉「陛下……っ!」
陛下の判断は温花お嬢様のことを決めるとき迷いがあるのか、決断することは大きく早い――。
度々、温花お嬢様の元へ会いに来ていて、下級妃の中では異例。親友だと言われている楊兎将軍にはバレていたのだろう。
そして温花お嬢様は――。
この屋敷で静かに暮らしたいだけなのだろう。最近やっと分かってきた。
私の命の責任を持ちたくないことも、他の妃と親しく過ごしたくない様子も。
皇帝陛下の言葉にも揺るがないことも、楊兎将軍という綺麗な顔立ちの方からの縁談話にも揺るがない。
どんないい話も1人になろうとするが――。
温花お嬢様には人が集まってしまうのかもしれない。
華辉「陈莉、許してくれ。温花を誰かに渡すのは考えられない――」
これが皇帝陛下の本当のお気持ちなのだろう。
静かな屋敷に真っ直ぐな言葉が通る。
そう言って陛下は困った顔をしたまま奥の部屋で休む、温花お嬢様のところに行ってしまった――。
華辉「……温花、すまない。怪我は……?」
寝息を立て眠る温花は薬袋を握りしめたまま寝ている。もうハッキリわかった。
俺よりも、医学館の見習いを――。
そんなはずはない――。
そんなはずは――。
それに後宮は俺のための場所だ。
後宮にいる妃は俺のために居る人間だ。
医学館の医者見習いを温花は忘れる日が来るはずだ。
温花の持っていた薬袋を破り、投げ捨てる。
ぼんやりと起きた温花はその状況を見てその手を止めようとしていた。
温花「陛下!辞めてくださいっ!陛下っ!」
声を荒げる温花の口を塞いぐ。
うるさい、うるさい。
自分の色に染まらないことが憎たらしくてたまらない。こんなに思い通りにならなかったこと、今まで無かった。
俺のものになるため、ここにいるんだろう。
そんな歪んだ考えに頭の中は支配された。
俺はまるで吸い寄せられた虫のようだ。
温花「――陛下っ!お辞めください……辞めてっ……くだっ……」
華辉「陛下ではなく、名前を」
温花は顔を横に向けたまま俺の名前を口にする。こっちを向けないのか。
温花「――華辉様……お辞めください……」
なぜなんだ。
俺には温花の今の状態のことが理解さえできない。
あの少年の名前を嬉しそうに呼ぶ温花の顔が離れない――。
陈莉「……だ……だれか、温花お嬢様を……お助けください……お願いです……」
侍女陈莉の小さな声が墓場と呼ばれる屋敷に悲しく漏れる――。
"あたしは強いものには勝てない。
強い人たちは弱い人を当たり前に使い古すことができる、思い通りにできると思っている。
あぁ。痛い。
だめだ。この恐怖と向き合うことあたしにはできない――。
できなかったはずなのに――。
知ってしまったんだ。
「なにやってるんですか」
助けてくれるあの温かい声を――。
満たされるこの気持ちを――。
選ばれるのではなく、自分が生きたいほうに進めばあの人は笑ってくれる。
この夢のような世界で、あたしはあたしになるチャンスを神様が与えてくれた。"
力を込め、初めて振り払う。
これがずっとできなかったことだった――。




