男装の女
医学館の中がやけに騒がしい――。
红京「何があったんですか?」
「何ぼーっと突っ立ってる!早く身なりを整えるんだ!」
「薬味瓶の中身について説明がないため、皇帝陛下が直々に医学館に来館するそうだ――」
俺はあの薬味瓶の中身を知っている。
だが、俺から言及することはできない。現代から来たことをこの医学館で知られてしまうことがどれだけ大きなことか――。
後宮内の妃様たちの健康観察という通常業務を淡々と行い続けていた。
が――。
皇帝陛下が突然医学館へ来館されるのはかなりお怒りの様子か……。
よほどのことがあった場合何かうまく言い逃れできるように考えておくべきだったな……。まずい。
黒と金の衣を見に纏い、太陽に強く照らされてやってきた人物に医学館の人たちは我先にと頭を下げる。
医学館の上官たちはもう生きた心地がしないだろう。
皇帝陛下の側近である黒い人物は宦官ではなさそうだ。華奢で身長も男にしては小さい方。
新しい人を側近に置いたのか?そんな辞令を俺はまだ耳にしていない。
誰だ?
医学館の空気が張り詰め――ている、はず。
はずだった。
この違和感はなんだ?
皇帝陛下とは見ている方向の違う、奥の人物は。あちこちと建造物を見上げ、目が輝いている――。
どこかで味わったことのある、この感覚。
まさか――。
この重たい空気の中静かにその人物に目をやると白い肌の人物は見たことのある顔で笑った――。
皇帝陛下の隣で男装をしている人物――。
温花……っ?!
威厳を放つ皇帝陛下の後ろに並ぶ人物がなぜ温花?下級妃として入宮したはずの妃が皇帝陛下の横に並ぶはずがない。
見間違いだろう。
その人物は皇帝陛下と親しげに会話し、笑顔――。
いや……間違いなく「温花」だ。
まさか知らないところで皇帝とここまで繋がっていたとは――。皇帝陛下と親しくなって守ってもらっているということか?
温花は選ばれたということなのか――。
元々近くにあったのか、遠くなのかわからない距離が遠ざかって未知の距離になった気がする。
現在の皇帝陛下は後宮内の妃たちの健康状態を医者たちに観察させることを義務付けたお方。
俺は皇帝陛下はなんとお気使いのできるなんといいお方なのだろうと思った。
歴史的に妃は毒殺など、跡を絶えなかった。それを見かねて現皇帝が作ってくれた制度だ。
医者見習いの俺は下級妃の担当だったが、温花は名簿から消されており、どのように温花の安否を確認すべきか。
それとも現代に帰ってしまっていたのか、考えていた。
そんなときに何故か温花様は男物の衣に身を包み医学館に現れた。しかも皇帝陛下と一緒に。
皇帝陛下は医学館の上長を呼び止めて別室に入って行く。
お接待が忙しいのだろう。この話は長引くのか……?
一人になった温花様は小さくこちらに手を振った。俺の存在に気がついているな――。
红京「すいません、トイレに」
フラフラと歩いて医学館に興味津々の男装をした人物を呼び止めると――。
红京「こんなところで何をやっているんですか……?!」
温花「お仕事見学してるの」
皇帝陛下に付いて回ることも、男装することも、男装して医学館に来ることも。
全部俺の想像を越えてくる人物は笑って誤魔化そうとする。
红京「今度は何をしているんですか……。まさか皇帝陛下と……位は何になったんですか?!皇太后様とのことで……消されてしまったと心配していたんですよ……!」
温花「ハンドクリームで殺されるところだった(笑)でも墓場の変人だから皇帝は暇つぶしに遊んでるんだと思う(笑)」
この人は自分の立場や、ことの重大さを理解しているのか……?!追いつけない……。
なんで笑っていられるのか。
红京「あなたって人は……」
温花「よかった……红京ともう会えないかと思ってたから」
目の前の石を蹴って、また笑う。
少しダメなことだと分かっていて、それでもおふざけしてしまうのがこの人なのだろう――。
红京「こちらのセリフです!消えた人が蘇っているんですよ、俺は……!」
温花「連絡しようと思ったんだけど……また怒られるかなって……」
红京「……その連絡ください」
申し訳なさそうにごめん、と手を合わせていた温花は男装していた衣の中から一枚の紙を取り出した。
温花「あ、あの――。手紙、練習したの。红京……見てくれる……?」
红京「手紙の練習ですか?」
温花「うん、もし携帯使えなくなったときに連絡取ることできるのって手紙なのかな……って思って」
红京「それはそうですが……男女が文通しているなど知られてしまえば……」
男女で会うことも、ましてや文通までも――。
深い関係だと噂は簡単にたってしまう。命がいくつあっても足りない。
温花「……红京が帰れる方法、探すから。医学館には红京いるから、あたしは死なない(笑)」
温花は前にも見た笑顔で笑った。
红京「俺は医者……見習いです。神でも、何でもないです……神の力があるのなら現代に帰ることやってみますよ」
温花「……そっか。あたしにできて、红京に出来ないなんておかしい……きっと何か理由があるんだと思う」
红京「ずっと考えていたんです。この世界のこと。……俺は育てられる水槽を変えられた魚なのではないか、と」
温花「――そっか〜(笑)二つ目の水槽の中も楽しめるの……ラッキーだね(笑)」
红京「ラッキー……?」
温花「うん!だって漢服?可愛いし〜っ!それに红京にも会えたし!」
红京「前向きなことはいいことです」
温花「ずっと知りたかったんだけど……红京って何歳なの?」
红京「俺ですか?今年17です」
温花「えっ?!……」
红京「温花は?」
温花「……17歳になったばっかりで……红京は16ってこと……だよね?」
温花は目と口が開いて驚きを隠せない様子だった……(笑)
年齢はあまり気にしないが、言われてみれば気になってしまった。温花は人生の先輩だったのか。
红京「はい。高校にそのまま行けば高2でした」
温花「……ほ……红京落ち着きすぎてない……?大人みたい……」
红京「っ(笑)温花みたいな先輩が居れば高校は楽しく過ごせそうです」
温花「……ぇ……ぁっ、と。ここでも楽しく過ごしたいけど……(笑)」
红京「はい、そうですね。温花先輩」
温花は信じられない様子で、あちこち向きながら頭の整理をしている。その動きはなかなかこの世で見られるものではない……(笑)
華辉「――医者見習いの分際で……!」
故郷の話で花を咲かせているような雰囲気を切り裂くように、重い声が俺たちの体を引き離す。
そこには顔を真っ赤にした皇帝陛下がこちらに向かってくる――。
温花「……っ」
温花……様は強く肩を引っ張られてしまい痛みが生じたのか声を出せない様子だった。
皇帝陛下は温花を力一杯に手を引っ張って行ってしまった。
――温花様は皇帝陛下のお気に入りになったのか。
華辉「誰だ!あの男は!」
温花「少し薬のことを教えてくれて……」
温花を1人にするべきでなかった。
なんだあの顔は――。
まるで――。
温花「……や……やめて……」
温花の顔は眉間に皺が寄り、痛みに耐えていた。
華辉「――す、すまない……」
温花「――医者がいなくちゃ、生きていけない。陛下は職業で判断する人でないと思っていました」
温花は怒っているのか、目が合わせられなくなったのか下を向いてしまった。
こんな悲しそうな顔をさせたいわけではないのに――。
温花は俺のことを善人だと思って信じていてくれたのに自分でそのイメージを崩してしまった。
今までに感じたことない感情に支配されていて、俺は温花の手を離したくない。
あのハンドクリームというものの匂いが離れない。
ずっと温花のことが――。




