梟
半月が照らす夜は――。
赤い衣を脱いで、軽くなった身を布団に沈める。
静かに見つめる先には今さっきまで身につけていた「紅」。
緑の衣がよく似合うあの人はどうしてこの国で「紅」と名乗るようにしたのか。
現代でどんな風に過ごしていたのか。
なぜあんなに器が大きく見えるのか。
知らない。
分からない。
なのに、出会ってしまってあたしはあの人の優しい声と、落ち着く匂いと、安心してしまう空気。
見上げると長くて綺麗な首筋、堀のある顔に細い目の中に緑の光、少しクセのある黒髪。
全部――。
手を伸ばしたくてたまらない存在。
あぁ、だめだ。
知らないのに。わからないのに。
今はこの赤い衣にしがみついて夜を越えることしかあたしにはできない――。
"「〇〇」
甘い声をかけてくる。
必要とされている。
深い気持ちまで見えなかった。知りたくなかった。
あたしとしてじゃ無くてもいい。ここにいていいと言ってくれるのなら、もうそれでいい。
期待されて、期待に応えれば、存在を認めてくれる。あたしの気持ちはわからない。相手の気持ちは知らない。
だけど、ずっと寂しかった。"
陈莉「――温花お嬢様」
陈莉は体をゆすって起こしてくれていたのか、心配そうにこちらを見て「温花」だと呼んでくれる。
あぁ、ここが夢で無ければいいのに。
華国に来てしばらくは夢の中じゃないかなんて錯覚してた。
红京に出会って、後宮に入って、この屋敷で過ごして、皇帝に出会って、将軍を見て。
目まぐるしく進んだ時間はこの体で感じ、空気と熱は本物だ。
温花「陈莉おはよう」
陈莉「お嬢様……うなされていました……それと顔色があまりよろしく無いようです……」
温花「大丈夫。少し散歩してくるね。気分転換も大事だから」
陈莉が用意してくれたお茶を飲むと、体に温かいお茶が流れていく。
抱えていた赤の衣は衣桁にかけ、シワを伸ばす。
――。
温花お嬢様は目が虚ろのまま散歩に出かけて帰ってこない。
もう昼の刻をとっくに過ぎている。
温花お嬢様が後宮に入宮し、目まぐるしい日々だった。疲れてしまうのも当然だ。
墓場の屋敷の整備掃除、皇太后様に向けての贈り物の選定も間違えてしまい、皇帝陛下、将軍に出会う。
下級妃が周りの妃に狙われてしまう理由なんていくらでも考えられる――。
昨夜、楊兎将軍から避けられたことも本当はお辛いことだったのかもしれない――。
いや……赤い衣を抱えて寝ていた温花お嬢様は、本当は皇帝陛下に恋をなさっているのかもしれない――。
大丈夫だと言っていた言葉も、本当は大丈夫でないのと、私でもわかってしまう。
色々な原因を考えても、温花お嬢様は屋敷へ帰ってこない。暗くなってしまう前に見つけなければいけないところまで来ている。
捜索を続けても姿は見えない――。
どこへ?
「――そう言えばまたあの梟が事件を解決したらしいよ〜」
「梟ってどんな人なんだろうね?!宮中にいる人ってことだもんね?!」
「皇帝陛下の部下ではないのも、すごいよね」
「え?なんでそれがわかるのよ」
「側近の方たちが梟の正体を見破るための部隊まで作ろうとしているらしいのよ!」
陈莉「その梟って人はどこで会えるの?!どうすれば依頼を受けてくれるの?!」
洗濯へ向かう下女たちが噂話に花を咲かせていた。その梟という人物は、困りごとを解決してくれる人だと。
下女の一人にしがみつくしか私には今できることがない。
なんでもいい、帰って来てくれるのなら。
「――梟に会うのは難しいと思うよ」
陈莉「どうすれば依頼を受けてくれるの?!」
「赤い布に依頼文を書くの。それを屋敷の中の枝に巻きつけておくといいって」
今、温花お嬢様は屋敷にいないし――。
私が出せるものを報酬として赤い布のところに置く「梟さん、温花お嬢様を連れ戻しください」。
宮中の中を駆け回る。
それでも温花お嬢様は見当たらない。
重くなってしまった足を引き攣って、屋敷に戻るとそこには――。
陈莉「温花お嬢様っ!」
灯籠の火に照らされ、寝台の上にはいつものように寝ている温花お嬢様がいる。
本当に梟さんが連れ戻してくれたのね。
温花「ん……?」
虚な目で温花お(うぇんふぁ)お嬢様は返事をする。
よかった――。
安堵のあまり涙がこぼれ落ちる。
どれだけ心配していたのか、自分自身もやっと実感する。
陈莉「よかったですっ……!どちらに行かれていたのですか?!」
温花「……少し森の方でゆっくりしていて……昼寝をしてたんだけど……あれは夢だったのかな……?」
静かに起き上がる温花お嬢様はどうして屋敷に戻っているのか分からない様子で、少し笑っている。
陈莉「夢じゃありませんよ……!散歩に行かれる時は早く帰って来てください!……本当に心配したんですから――」
陈莉はワーワーと言いながらあたしの体を揺らし続ける。
でも本当に居眠りをしていただけ。
でもこの匂いがなんであたしの体から匂うの――?




