将軍
墓場と呼ばれる屋敷の夜は細い虫の声がひとつ。
空に浮かぶ月は、半月になり華国で過ごした日にちが進んでいることを静かに教えてくれる。
「紅」の衣に身を包み、見たことも、会ったこともない男を待つ。
夜に男女が会うことで何が起こるのか――。
屋敷の門が叩かれ、陈莉が静かに開ける。
そこには月夜に照らされる一人の男が立つ。
月の光を集めた銀色の長い髪を靡かせ、黄金に輝く宝石のような目。
これほど綺麗な人が、男が存在していいのか眼を疑う――。
きっとこの男の嫁になりたいと思う人はこの国に五万といるだろう。
着飾って待つしかできなかったあたしは将軍って大きくて野蛮で、血に染まったコワモテな男だと思っていた。
アニメや漫画で見た将軍のイメージとは正反対で、まさかこんな美男子だとは思いもしなかった。
この人が楊兎将軍――。
楊兎「……温花か」
温花「はい。温花です」
低い声が夜の風に乗ってくる。
陈莉はしきたりのひとつを知っているようで、楊兎将軍に酒と包みを乗せて差し出した。
陈莉「楊兎様、どうぞ屋敷の中へ」
楊兎「温花の顔を見ることができた、それだけでいい」
楊兎将軍は礼を1つすると、静かに門を閉める。
温花お嬢様は力が抜けたようにその場に座った。
陈莉「お嬢様大丈夫です……か……」
温花「よかったぁ――。憧れの生活を手に入れたはずなのに……欲が止まらない……どうしたらいいの……」
温花お嬢様の欲とは?
皇帝陛下や将軍様と結ばれることではないの?とても光栄なことなのはず。
楊兎将軍を私も初めて見たけどとても綺麗なお方だったのに。
もし、このことが噂になれば温花お嬢様が楊兎将軍に拒否されたなんて屈辱的な事件だと言うのに。
それなのに温花お嬢様は楊兎将軍が安心してしまった様子で客家で静かに項垂れている。
こんな時どのように声をかければいいのかわからない。
温花お嬢様はいつだって笑顔で一緒に過ごしてくれるのに。
陈莉「……お嬢様、夜の風は冷えます」
温花「陈莉、一緒にお茶を飲んで寝よう。虫の音も心地がいいし」
温花お嬢様は髪飾りを次々と引き抜いていく。
お嬢様の欲とは何なのか。わからない。
この風景を楽しもうとするお嬢様のどこに欲があるというのか。
楊兎将軍もどうして屋敷に足を運んだのに、温花お嬢様と話もせずに行ってしまうの?
皇帝陛下の王令に楊兎将軍が背いたことにならないの?
私にはわからない――。
”ずっとこの衣に身を包んでしまって消えない、痒い思い。
だめ。
そう思っているのに、消えない。
分かってる――。
辛い思いをすること分かってるから、この気持ちを無かったことにする。
これ以上あの人に迷惑をかけるわけにいかないから。
あの人はあたしのような重たい気持ちを抱えているわけでない。
分かってる――。
この痒さから逃げるため、王令はちょうど良かったはずなのに。
あれほど綺麗なものを見ても、心が向いている方向を変えてくれない。
分かっているのに。
どうすればいいの。
分かっているのに。
楊兎将軍がこの屋敷に入らなかったこと、安心してしまった――”




