女
温花お嬢様の机の上には墨と紙が並べられたまま。
紙をじっと睨みつけて温花お嬢様は動きが完全に止まり、この屋敷に初めて静寂が訪れた。
そんな静かな屋敷に私は逆に物足りなさを感じてしまったのが良くなかったのだろう――。
「ごきげんよう――。まあ、随分と静かな場所にお住まいなのね。墓場と聞いていたけれど、本当にその通りね」
屋敷の門を勝手に潜って来た人物に、温花お嬢様はそっと顔を上げた。
――青々とした衣に身を包み、豪華な扇子を片手に持ち、侍女に大きな傘を持たせている。
こちらをするどい目で見つめ、真っ赤な紅を引いた口元が伸びる――姜婉玲様。
階級は正八品。正八品の温花お嬢様よりもかなり格上のお妃様である。
そんな姜婉玲様を温花様はゆっくり立ち上がって見つめる。
“あ――。
女の世界はこれがあるから面倒くさい。
「〇〇っ!ちゃんとしてくれる?」
「それで恥ずかしいと思わないの?」
「もっと女らしくなろうと思わないの?」
「なんでこんなこともできないの?」
分かった。分かったよ。すればいいんでしょ。
だから可愛くなる努力もした。なんでもこなせるように要領も覚えた。これでいいでしょ?
「うわ、男に媚び売ってキモい」
可愛くなくてもダメ。可愛くてもダメ。
できないことがあってはダメ。できてしまうのもダメ。
何をするのも気に食わないことがあれば自分より下だと思う人を罵る。
あ――。面倒くさい。
でもあたしはそれを跳ね返す度胸が無い。
だから笑う。この笑顔は、あたしを守る鎧だ。”
温花「ごきげんよう!初めまして!」
ニコニコと笑う温花様を見てまるでドブネズミを見るような顔をする。
こんなところに追いやられた妃はどんな人物なのか偵察に来たと言ったところだろう。
「墓場」と呼ばれる屋敷に違和感のあるものが並んでいることに気がついた様子で目が見開く。
姜婉玲「家具が泣いているわ」
温花「そうですね……まだ後宮初心者なのでどうすればいいのかわからなくて。貴方様はご存知なのですか?」
姜婉玲「なんで私がこんなところの指示をしなくてはいけないの?ご自分でどうぞ」
温花「……家具を送ってくださった方でないのですか?」
温花お嬢様は気丈な態度のまま、笑顔のままだ。
なんてお強い。そして家具を送ってくださった方は姜婉玲様でないことも空気感で理解してあるはずなのに。まさか――。
姜婉玲様は温花お嬢様が怯むことなく笑顔な異質さに引き攣った表情へと変わっている。
このように家具を送れる人物の存在を姜婉玲様は理解しているはず――。
言葉が出ないようだ。
温花「今回どのようなご用件で?」
皇帝陛下に見せられぬ醜さでもあるのだろう。
病弱か、家柄か、容姿か。何らかの欠陥があるはず。姜婉玲は当然のようにそう思っていた。
だが、目の前にいる少女は。
柔らかく笑い、怯まず、真っ直ぐ自分の目を見る。
墓場に捨てられた妃が、どうしてこのように満ち溢れているの?
姜婉玲の胸に、わずかな焦りがよぎる。
姜婉玲「散歩よ」
温花「遠くまでお疲れ様です。すいません、あたしの屋敷はまだ掃除が終わっていなくて」
姜婉玲「そうね、掃除を終えることができるといいわね」
姜婉玲様はクルリと回って屋敷を出た。
お香の匂いが残っていたのか手で仰ぎ、むせている温花お嬢様に駆け寄った。
温花「あれ、絶対からかいに来たよね(笑)」
陈莉「そうですね……」
温花「陈莉。先に言わせて。あたし昇進欲が無いから、他のお嬢様のところに行ったほうがいいよ」
陈莉「そ、そんな!仕事が無くなってしまうのは困ります!」
温花お嬢様は墓場と呼ばれる屋敷で一人がいいの――?
私だったら心細くてとてもじゃないけど耐えられない。
温花「そうだよね、仕事が無くなるのは困っちゃうよね。陈莉だってそうしなきゃいけないんだもんね……。ごめんね、寂しいこと言ってしまって。……この家具って本当にもらっていいやつなのかな〜(笑)桜も来年は綺麗に咲いてくれるといいけど」
温花お嬢様はあたしがここに来てからずっと笑っている。
怒ることも、泣くこともない。
姜婉玲様、皇太后様への挨拶の場でも。気にしていない、の?
こんなお嬢様見たことがない。
戦いを挑まれたのであれば、戦わなければ勝てない。勝てなければここでの存在意義がな無くなってしまう。
怖くないの?
お気楽に朝食を頬張る温花お嬢様は同じ土台には立たない。興味が無い、の?
真っ直ぐで素直に見える温花お嬢様は何を感がているのか私にはさっぱり分からなかった――。




