冷宮の夢
あぁ、これは夢だ――。
あの人を見上げた人たちはあれだけ忙しく口を動かしていたはず。
なのに誰もが思考を止め、見つめることしかできない。
衣が靡いていくのを見るしか――。
これは夢だ――。
そうだ、俺はこの冬の寒い冷宮で夢を見ている。
あの人も楊兎将軍とこの冷宮に入ったことあった。
ここで何があったのか、俺は知らない。
医者見習い。
何か怪我をしていないか。病気をしていないか。
あの雨の日に名前をあの人が俺の名前を呼んだのも、夢だったんだろう。
俺はずっと親が敷いてくれたレールを進めば、苦労することは無かった。
ただ平坦な道を、早くも、遅くも無く進む。
だからあの人にも同じようにレールを敷いていけば、あの人は何も無く平坦な道を俺と同じように歩むことをこの世で過ごすことができる、と思っていた。
そもそも俺はあの人に同じ現代からこの華国に迷い込んだあの人のレールを敷けるような、人間だったのか――?
俺があの人のために敷いたレールでは無く、あの人は自分でレールを増やしていける、景色の変わるレールにどんどん速く進んでいく。
その速さについていけず振り落とされた。
だから俺はこの冷宮にいる。
余計なお世話だった。
墓場と呼ばれた屋敷は春も、夏も、秋も温かい空気に包まれていた。
ただ冬は静かだった。
その1つだった。冷たい空気、降り積もる雪、真っ白の世界になったのは冬が来たから――。
皇帝から贈られた桜の木は葉が落ち、主がいなくなり、寒さに耐えることができないようにも見える。
「墓場の屋敷」そう言われてしまっても仕方のないくらい寂しい場所になってしまった。
埃をかぶった廊下を歩きながら、静かに息をついた。
壁の隅に残された、落書き。
勝手に薬草を乾かしては怒られていたこと。
夜中にこっそり外へ抜け出しては、屋根の上で星を見ていた姿。
あんな妃は現れなかった――。
いくらでもこの世から逃げたいと思ってしまう出来事はたくさんあったはずだ。
よき理解者だったはずの陈莉がいないのであればこの世に執着する必要は無いはず。
現代に帰ったのだと勝手に信じ切っていた。もうこの世で頑張る必要は無い、いや、そう願っていた。
探さなかった。探せなかった。探さなくていい理由を自分で勝手に作り上げていた。
都合の良いように――。
現代に帰ったんだろう――?
現代の世で会うのもいいですね、と言っていた――。
あの人と現代で出会っていれば俺はずっとあの人の楽しそうな空気の外から眺めるしか無いんだろう――。
現代の高校で普通に生活する中であの人は突然現れる転校生で。
2年のクラスにはあの人と楊兎は友人。
3年には生徒会長の華辉がいて。
俺のクラスには谢琦がいて。
制服に身を纏い楽しそうにするあの人は目の前を歩いているのに、俺のことに目もくれず歩いていく――。
1年の教室で本を読む俺は2年の教室を眺めては、賑やかな様子を見る――。
体育祭でチア姿で楽しそうに踊るあの人と、応援団長をする楊兎。
あまりにも青春をする2人。
こっちを見て手を振り替えしてくれるのはこの世だったから、で――。
客家で鳥に餌をあげ、嬉しそうにする顔。
重い剣を握って苦戦し、汗をかく姿。
食事を頬張る。
苦い薬を必死に飲む。
照れくさそうに見上げる――。
全部「かわいい――」自分の語彙力の無さに呆れる。
「桜妃」と呼ばれるあの人は――。
桜色の衣、ターコイズの腰掛けに、華やかな髪飾りのあの人に見える人の目には光がない――。
これは夢だ。
冷宮の夢の続きだ――。




