何も変わらない屋根裏部屋
晴晴「――置いておくぞ」
いつものように番台に落簪を置く。
だが女将小葉はそれを受け取らない。
小葉「――あの子はいないよ」
晴晴「――今度はどこへ行った」
小葉「晴晴にも言ってなかったのかい……砕簪のほうがまだマシだったね」
砕簪のほうがマシ――?
なんだそれ。
極悪人に身請けされたみたいだろ。
下庭で――。
花街で――。
俺がこのことを知らない、極悪人――。
晴晴「――まさか文斗か」
小葉「あんたにとって最大の皮肉さ」
まさか――。
あの妓女がこの花街で執着していないことくらいわかっていた。
もう欲しい情報も手に入れたことも。
わかっていた――。
最後に礼ぐらい言ったらどうなんだ。
最後に助けくらい呼んだらいいだろ。
あの花は突然――。
突然、下庭に現れた。そして花街へ。
居なくなるときも突然。
あいつらしい。
小葉「晴晴御面会だよ」
この屋根裏部屋にあいつの匂いがわずかに残り、少ない荷物はここに止まるつもりがなかったと言わんばかり。この部屋の様子は何も変わらない。
金階に入る理由も無くなった。
この部屋で過ごす理由も。
白新「晴晴様……白蕾様はどちらへ行かれたのでしょうか?」
晴晴「元々あいつはこんなところにいねー」
白新「この頼まれていた皿はどうしましょう」
晴晴「俺が解決できるとでも?」
白新「――本当に白蕾様は晴晴様を信頼されているのですね」
白新は持っていた包みから小さなスープ皿を取り出した。
その皿はこの辺の装飾でない。
文化の違う洒落た、ただの皿。
それを白新は俺に差し出した。
晴晴「こんなもの頼んでないぞ」
白新「これは白蕾様に頼まれた皿です」
晴晴「あいつはもうここには来ないぞ」
白新「――これは俺の元です。でもこれを白蕾様は全て手放すように言われました。俺は『白』を捨て、杨鈴の『杨』になりました。――あの人が一人で『白』の名を背負わせてしまったんです」
晴晴「あいつはバカだから、な――」
やっと意味がわかった。
理解すればここがあいつの場所でないと認めてしまうようで。
この若い男がなぜ天妓三姫の杨鈴を見受けできるだけの金があったのか、不思議だった。
だがこの文化的な皿はこの辺りではマニアには受ける。貴重品でもある。
それを全部売り払い金に変えたとすれば――。
説明もつく。
あいつが白新と出会い、何かを悟った顔をした。
それが「白」を背負うことになるとは。
白新が「白」を辿り白蕾を血族なのかと、尋ねてきた。
これは白新には目印だった――。
あいつは「白」なんかじゃない。
それをまるで俺に理解させるつもりか?(笑)
狙われるのは自分だけで、いいか――。
この世に執着してない女がここまでする必要があるのか――。
あいつはもう限界だったはずだ――。
白新「――これは親友へのプレゼントにしたいと仰っていました。これは晴晴様にお渡しさせてください」
大きなため息ととも煙草の煙が流れていく。
こんなもん預かったところであいつは、またどっかでもがいてんだろ。
俺じゃない男のために。
捨てているようで、捨てきれないあいつも馬鹿だと思ったが、俺もこの皿を割ることができない。
これがあいつに会うための理由になる。
そして屋根裏部屋の外からドタバタと足音が向かってくる――。
あぁ、あの足音は。
林林「――晴晴っ!ごめんっ!こんなことになるとは思ってなくて!」
髪をボサボサのまま林林は部屋に飛んで入ってくる。
あいつも白蕾が居なくなったことを知らなかった人間か。
晴晴「それで。なんでお前がこの部屋を知ってるんだ?」
林林「あ……いや、それが……白蕾と友達になってさっ!あ……それで……」
晴晴「で?」
林林「いや……あの、白蕾は墓場に行ったんだ!」
晴晴「――」
林林「あっ!死んだってわけじゃなくて!――白新様だ!」
白新「あ、どうも――」
晴晴「わかった、落ち着いて説明しろ……」
林林は慣れたようにこの部屋でお茶を淹れ、一息すると話を始めた――。
今度はなんだ――。
本当にこの部屋は飽きないことばかり起きる――。




