李明
私ができることを他人の誰かができないなんて。努力してないなんて。
あの花ができて私ができないことって。
晴晴様のような男があの花を選ぶなんて。
杨鈴だって変よ。身請け話はもっと上手く纏まる方向があったはず。
孫凉様を選んだことによって、まだ子どものような白新様に身請けされた。
もっと良い方がいらっしゃったのに――。
私はここまで頑張って来たもの。
自分の男はいい男でなくては。ここまで頑張って来た意味が無い。
高光「――今日は李明様の日ですね」
「はい」
李明とは高光の上客の一人。
高光は自身の夜を複数の客で分けることがほとんどだが自分の気に入っている客については一夜を許すことがある。
その一人が華国の代々将軍家を務める、李家。李春、上級妃の李珠江の家柄の一人である。
異様に整った所作と美しい発音で「本当に李家の人間か?」と噂されるが、街でも高位の人物たちに顔が利く。
さすがの将軍家の男だけあり体つきは良く、軽そうに見える性格だが聡明で謎多き人物だ。
後ろ髪を三つ編みで束ね爽快に金階の席に着くと、赤い瞳を艶のある髪から覗かせる――。
李明「高光、また客を増やしたらしいな〜。俺の枠を減らしたいのか?(笑)意地悪な女だ」
高光「李明様がいらしてくれないからでしょう?」
李明「晴晴のこと追いかけたらしいじゃないか。文家に喧嘩まで売るとは、もっとうまくやるべきだろ(笑)」
李明は大きな体で高光を担いで部屋を進む。
高光「花街でこのようなことが起きてもすぐ違う事件が起こるから大丈夫ですよ」
李明「そうだな、強い女は好きだ――」
――あの花が小葉館にいれば思うように動かせない。
晴晴様という後ろ盾も、香膳での人気も気にしていかなければならない。
下庭、花街で大きな存在感を持っている晴晴でなく、祝街と宮中、国で大きな役割を果たしている李明様もとても魅力的。
どちらも取れることは間違い無いのだけど――。
晴晴様は思うように動かせないことがわかってしまったし。
李明様についてあの花をこの小葉館に居られなくなる方法を考える方が私として利が多いわよね。
晴晴様の大きな出資が小葉館にあるからあの花は大きな顔ができるけど、祝街や宮中からのお金の動きがあれば下庭の金なんて小さなもの――。
高光「李明様――」
甘い匂いがする李明様は目の前にいる。
いいわ――。
あの花と晴晴様、私と李明様のどちらが勝つのか。
杨鈴も身請けしてもらえなかった孫凉様では無く、迎えに来た白新様を選んだ。
より自分への愛が深い人物を選ぶことは当たり前よね。
私は何度も李明手を伸ばした――。
李明「――晴晴を寝とった女はどんな奴なんだ?」
高光「李明様まであの男のような女に興味があるのですか?」
李明「あぁ、晴晴の女は最近話題になってる剣舞の妓女か」
高光「李明様!どちらに行かれるのですか?!」
李明「香膳だ。高光より顔がよほどいいのか?(笑)見物だ」
高光「あの女は仮面をつけておりますので、顔を見ることはできませんよ」
李明「ますます興味が湧く話だな――(笑)」
と、李明は衣を整えて爽快に部屋を後にした。
李明様も負けず嫌いなのよ。
やはり私と合う。さすが将軍家の方ね――。
静かな部屋とは打って変わって、香膳は楽器の音や、歌声、料理の運ばれる音、客の喋り声がしてとても騒がしい。
お香の匂い、酒の匂い、料理の匂いが混じり合った部屋は息をするこの空間を割くように李明は綺麗な姿勢のまま進んでいく。
「李明様はこちらの席へ――」
まさか高光の部屋から香膳に戻ってくるとは思いもしなかっただろう。
装いを整えて高光は機嫌良さそうに隣に座った。
高光「本当にあの女を見るつもりなのね(笑)」
李明「あぁ、面白いだろ」
金階の纱帘奥にいる晴晴の横には質素な白な衣に身を包んだ妓女が座って何やら話し込んでいた。
晴晴は地味な女が好みなのか?子妓上がりか?それとも買い上げた奴隷の女か?
高光はその女だと目配せをする。
まさかあれがあの女なのか。
顔はよく見えないが晴晴に何か渡したようだった。あれは――。
騒がしい香膳の場に、チリンと高い音がすり抜けて聞こえてくる――。
李明「風鈴――?」
高光「李明様どうなさったのですか?」
あの物はこの国にあるはずがない――。
なぜあの女は海の向こう側の風鈴を手に持っているのか――。
李明は勢いのまま晴晴の金階へと入り込んでいた。
晴晴「なんだ、規則違反だろ。ここは俺の金階だが」
李明「――風鈴、どこで手に入れた」
その瞬間、白い衣の妓女は勢いよく立ち上がり、座っていた椅子が倒れる――。
しばらく妓女は李明を見つめ、動揺をおさえている様子だった。
白蕾「――これは私が作ったものです。晴晴様へどのような絵を描くのが良いか相談しておりました。――ど……どうして、この物の名前を存じ上げているのです?」
驚きの出来事で声が震える――。
晴晴はこ白蕾の何かに通じる物であることを理解し、風鈴を片手に白蕾の横に立った。
李明「――俺は……李家の養子だ。俺はニホンから来た――」
その言葉を聞くと完全に力が抜け、その場に座り込んでしまった。
白蕾「――どんぶらこ……と流れてくるものをご存知ですか」
李明を試すように、静かに仮面を取り見上げる――。
晴晴「なんだそれ」
李明「知らん」
白蕾「――そうですよね」
自分に言い聞かせるように白蕾は倒れた椅子を元に戻し、静かに立ち上がる。
そうだよ――。
簡単に欲しい情報今までだって手に入らなかったじゃん――。
ニホンからってこの人は言った。だけどあたしの知っている日本じゃない。
流れてくるのは「桃」でしょう?
いや、この人の今の時代に桃太郎の話がないのかもしれない。
そっか――。
红京がこの華国へ初めて来た時に言っていた。
「自分たちが知っている歴史で華国という大国は知らない」と。
あたしたちの知っている地球ではなくて、ここは時間軸の違う何か?
やっぱりここは夢の中なのかな――。
李明「――朝と夜の玉。これを探すためこの大陸に来た」
気がついた時にはその李明と呼ばれる人物の両腕を掴んでいた――。
白蕾「――それは、あの世に渡るものですか……」
小さく李明に問う――。
その瞬間、李明が白蕾の両肩を持って体を揺らす――。
李明「お前は2つとも見たことがあったのか?!使ったことがあるのか?!」
白蕾「それが……わからないんです。どうしてこの世に来たのか……あの世に帰れたのか……」
李明「あったはずだ!玉が!あの貴重な玉をどこで手に入れた?!」
白蕾は何もわからないと頭の中が働かない様子だ。
晴晴は目の前でとんでもないことが起きたと、酒を飲む手を止める――。
白蕾「……玉なの……?それがあればいいの?!」
李明「そんな簡単に手に入るはずがない!」
白蕾「でもあたしはここへ来た!それに戻って来たの――!」
李明「何も知らずに使ったのか――!」
2人は取り乱した様子で落ち着けない。
晴晴「――ここは香膳だぞ、酒を飲め」
白蕾「晴晴様……す……すいません……」
李明「晴晴は何も知らないのか」
白蕾「晴晴様もあたしを手伝っていてくださいました」
李明「晴晴も知らないのか。宮中も隠しているというより知らない様子だしな……」
白蕾「……李明様もその玉を求めて宮中へ……?」
李明「……それでお前も情報が欲しくて宮中にいたのか……花街では限界があるだろう。ここは夢世だ、真実の情報など手に入らない」
白蕾「いいえ……李明様とお会いすることができました……!もうそれだけで十分です……」
白蕾は李明に深々と頭を下げたまま動けなくなっていた。
床にはポタポタと涙の跡がついていく――。
少しの情報と、1人の出会いによって白蕾はここまでやってきたことが報われたのだ。
晴晴「――白蕾、帰れるとは決まってないぞ?」
白蕾「――良いです。答えがないのかと思っていたものに、答えがあることを知れたのでそれだけで十分なんです……」
高光「李明様!戻ってきてくださいよ!天妓三姫を香膳で1人にするなんて!」
怒った高光は纱帘を突き破って入ってきた。
李明「ごめん、ごめん。今戻る――」
今の白蕾には周りのことが入ってこない。
涙を流さぬようにと体を振るわせるしかできなかった――。
晴晴「これもあの世のものか――」




