白の名
あの約束の日から白蕾は考え込むことが増えていた――。
そして杨鈴のこの部屋で白蕾は立ち尽くしたまま白新の告白を耳にする――。
白新「――本名は梦伯。梦王朝の子孫です――」
忙しくすぎる日々で見落としていたことがあった――。
白新はあたしの名前「白蕾」を見て血族でないかと尋ねてきた。
「白」の名を追って白新様が来てくれたのは「白」は全王朝の人間からすれば人探しのための、「名前」――。
全王朝の梦王朝の血族が「白」に名を改めたことあの人は知っていたの――?
それとも何も知らずに白蕾という名前をあたしに付けてしまったの――?
「白」の名の意味を知らなかったの?
それともあたしのことを前王朝の血族であるということにしたの、か――?
だとすれば命を狙われる可能性もある――?
あの黒と金の人物はどっちなの――。
どんどん血が引いて行くのが分かる――。
晴晴「白蕾、どうした?」
白蕾「いえ、すいません。少し考え事を」
晴晴「あとは杨鈴と白新で話してもらうぞ。俺は白蕾に聞きたいことが山ほどある」
白蕾「は、はい――」
杨鈴は自分のお腹を震える手でお腹に触れた――。
この子と、自分と、大切にしてくれる人がいる。
本当はずっと孤独だった。本当に私の人生は色々あったけれど心に穴が空いてしまって動けなくなってしまったのは初めてだった。
その穴を自分だけで埋めないといけないと思い込んでいた。穴を見て見ぬ振りすれば良いと思っていたのに。
もう一人では頑張れなくなっていたのね――。
ずっと壊れていたこの顔に、温かい涙が流れて行く――。
白新の優しい手はずっと待ってくれていた。
落簪を買ってくれたときもそうだった。
温かいお茶を淹れてくれて固くなってしまった肩を揉んでくれて、高価な化粧品ではなかったけれど私に似合うものを選んで買ってきてくれて。
ずっと寄り添っていてくれたこと私も分かっていたはずなのに。
妓女であるはずの私が、孫凉しか見えていなかったから。
白新との温かい時間を流してしまっていた――。
身請けする客は、己の血を残したい、欲望や打算が混じった男たちばかりだ。
まして自分の腹の子は孫凉の可能性が高い。
そんな状況で――「二人を大切にする」と言い切るなんて。
なんと器の大きな少年、いえ。男の方なのでしょう――。
杨鈴の胸の奥に、ずっと張りつめていた冷たい氷が、少しずつ溶けていくようだった。
妓女としての価値でもなく、天妓としての栄誉でもなく、母としての責任でもない。
ただ、一人の人間として――。
妓女・天妓三姫として背負ってきた仮面が、音もなく崩れ落ちる。
全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。
張りぼての“強さ”ではなく、一人の女性として彼女は、やっと重荷を下ろしたのだ――。
そんな様子を見た白新はそっと膝をつき、杨鈴の前へと静かに歩いていく――。その目には、同情ではなく、真剣な想いと覚悟が宿っていた。
杨鈴は白新が座りきる前に飛び込んだ――。
杨鈴「……っ……!」
堪えていたものが一気に溢れ出した。
白新はずっしりと構えたまま、すぐに彼女をしっかりと受け止める。
細い肩が震え、押し殺した嗚咽が白新の胸元に滲んだ。
晴晴は白蕾と小葉の背中を押し、部屋を出る。
小葉「――あんたたちは本当に」
小葉は白蕾の背中を叩く――。
横からは鼻水を啜る音が響く。
晴晴「ババアは風邪ひいて死ぬなよ」
小葉「ここの子たちがババアになるまで生きるよ」
今度は晴晴の尻を叩く。
小葉「そっちも色々あるだろうから、長男の晴晴頼んだよ。私の可愛い娘なんだから」
小葉は涙をごまかす様に煙草を吹かしながら番台に向かっていった。
晴晴「この世に強い女も、男もいねーのかもな」
白蕾「晴晴様は弱いところ見せるつもりないでしょう?」
白蕾は見上げて睨んでいる。
晴晴「それが男ってもんだろ」
白蕾「じゃどこで弱さを出すんですか?」
晴晴「それはお前も一緒だろ」
今度は寂しそうな顔をしている。
この女の表情の変化についていけない。仮面の下の下はこんなにも表情豊かだったのか。
晴晴「男は金払えば女に癒されることができる」
ぼそりと呟く。
軽く肩をすくめる晴晴の顔は、いつも通りの余裕を纏っている――。
はずだった。けれど白蕾は、ふと気づいてしまう。
晴晴の瞳の奥に、一瞬だけ見えた寂しさの影を。
白蕾「お金で買えるのなら、安いですね――。晴晴は癒されに来てるの……?」
晴晴「あー、俺は違うかもな。ただ刺激が面白いだけだ」
白蕾「何人分の人生を見るつもりなんですか……(笑)」
白蕾は呆れたように笑い、小さくため息をついた。
晴晴「なんだそれ」
白蕾「――晴晴には全部話せると思っていたの」
と白蕾は少し笑って先を歩き始めてしまった。
あぁ、消える――。
夜の世界で輝いて見えていた花は――。
本当は咲く場所を知っているのに咲かないだけだったのかもしれない。
廊下に窓から溢れる月の光に何度も照らされ、屋敷の壁で暗くなって――。
俺は眩しすぎたんだ。
白蕾の影だけを見ていて、実物は見えていなかったのか。
白蕾が振り返るのをずっと待っていた。
でも白蕾は何も言わずにそのまま歩き続けていってしまった――。




