挨拶
陈莉「温花お嬢様っ、ご挨拶の順番が回って来てしまいます」
この後宮でゆっくりと過ごしたい。
あの端っこの屋敷ならそれが叶いそう。
そのためならやらなきゃいけないことをしなきゃだよね……。
あのビジュのいい人に名前を聞かれたことに温花です、と答えた。
红京が名付けてくれたこの名前はとても気に入っている。红京のためにもあたしは温かい花でなければならない。そんな使命感まで湧いて来た。
そうでもしていないと変なことまで考えてしまうから。
どうして红京がこの名前をつけたのか、本当の意味を知るのが怖い。
だって、红京の好きな人の名前だったり、特別な意味が実はあったなんて。耐えられないから――。
「次」
静かな部屋の中で冷たい声だけが聞こえてくる。
今さっき色々言っていたお嬢様たちの姿はない。新しく入って来た妃の見学会でもしていたのだろう。周りを見渡すと緊張からなのか青ざめた少女たちと、明らかにお金持ちのお嬢様が自信満々に自分が持っている物を見せびらかすように並んでいるのどちらかだ。
この無理やりな儀式を真剣に取り組むなんて。逆に皇太后様も大変になってないのかな?
温花「正八品、温花です。どうぞこちらを納めください」
前の人の所作を見よう見まねで、小さな薬味瓶を次々と受け取る侍女に差し出す。
受け取る侍女は冷たい目でその薬味瓶を見る。
あ〜もう少し可愛い感じの瓶が良かったのかな〜。ん〜でも今更気にしても仕方ないし。ま、いっか(笑)
よっし、これで屋敷に帰れるっ!
ウキウキと次の順番の人にその場を譲ろうとした――。
「これはなんだ」
薬味瓶の匂いを嗅いだようで、中身の説明を求められた。
温花「――こちらを手のひらにつけますと、良い香りと手の保湿になります」
薬味瓶を開け、少量を自分の掌に付け侍女へ匂わせた。
挨拶の列が止まると異変を感じ取った張宏様が奥から現れた。あたしの顔を見ると目をまんまるに広げて、シワがおでこのほうに上がる。ハンドクリームを興味深そうに、厳しい目で見つめている。
張宏「これを皇太后様に渡すわけにはいかん。今すぐ他のものを準備するように」
温花「他のもの……」
やっぱりあの薬袋を渡さなきゃだめなのかな……。やだな……。
でもこの空気感はそうしなきゃいけないことくらい分かってる。空気も感情も読み取ることは得意だから。現代でそうやって過ごしてきたことに疲れちゃったから、自由にしたかったのに――。
感情がスッと消える。
そうすれば楽になる。
自分の感情ではなく周りを優先すれば、上手くことは回る。
そんなことわかってるって……!
「張宏、意地悪をするな。朕から代わりの宝玉を渡しておく。それで今回は流してくれ、墓場の娘を少しは労われ」
ちん……?一人称が?え?
その声の主は池で恋の餌やりを一緒にしたビジュのいい人物だった。黒地に金の装飾が部屋の中の光を独り占めしているようだ。
いや、本当に部屋の中にいるすべての人物が見入ってしまっている。誰もが惚れている顔をする。
まぁ……そうだよね。
下級妃の大ピンチにさらりと助けに入ってくれたビジュのいい男の人。なんて視線を独り占めできちゃうよね。
「薬味瓶に異国の化粧品か……。やはりお前は変わっている」
温花「あの……すいません、助けてもらって……」
張宏「温花、どこで会ったのだ?」
温花「え……鯉の餌やりをしてたんです!さっきもありがとうございました!」
温花はその男に笑顔を向ける――。
皇太后様へのご挨拶の場に呼びつけていないはず、それに横に侍女がいる。
加えて下級妃であるのにも関わらずこの方と一緒に過ごして、助けてもらえるだけ興味を持たれている――。
まさか数日で手に負えない存在になるとは――。
案の定周りは呆気に取られている。
鯉の餌やりなんていつの間にしていたのかと、動揺が収まらない。
この女は奥に隠しておくはずだった。
だが本人が隠れようとしない。妙に目立ってしまう存在であるため、それ以上喋るなと止めた。
張宏「温花!」
少し強めに呼び止めると、キョトンとした顔でこちらを見る。なんと危機感のない女だ――。
「張宏、今度は朕が墓場の娘で遊ぶ番だ」
張宏「――様!少々、この女は変わり者で相部屋に送り込めなかったのです!」
「あー、確かに変わり者だな」
――様は妙に上機嫌で頬を緩ませたまま、宝玉に目を輝かせるあの女を見つめる。
温花「うわぁ……これ……高いやつだ……すごい」
――朕を目の前にして蓮の葉、鯉、宝玉、屋敷ばかりみる女は初めてだった。
よし遊んでやるか――。




