女将の笑い声
晴晴「――それで、いつまで寝て延長料俺に払わせるつもりだ?」
白蕾「あ――晴晴おはよう……ございます……」
もう昼前のこの時間にやっとこの妓女は目を覚ます。おはよう、か――。なんてだらしない。
白蕾「――すいません、朝はすぐ起き上がれなくて――」
本当に身体がしんどいのか布団に蹲ったまま、顔は顰めっ面。
晴晴「客を放置する妓女は初めてだ」
白蕾「……きっと杨鈴様なら先に起きていて……朝からお酒ですか――、体に悪いです」
晴晴「今更変わらねーよ」
白蕾「苦い薬を飲むことになりますよ」
晴晴「別に長生きすることもねえ」
白蕾「――それ、あたしがもらいます」
晴晴「おい、朝起きてすぐに酒飲むバカが……!」
俺の持っていた酒を白蕾は奪い取ろうとし、バカなその手を引っ張る。
酌は割れ、酒が床へとこぼれる――。
白蕾の手を押さえたまま寝台へ押し倒していた――。
晴晴「なんでお前はあの世に帰らねーんだ?」
白蕾「ーー最初は行き来できてたんです。だけど、こっちに返ってこられなくなるのが怖くなったんです。ーーそれからはもう戻れません。あの人も……戻れない理由があるはずです……」
晴晴「理由?」
白蕾「はい。私はこの世に逃げてきた。ーーあの人は逃げない人だから。あの世に逃る方法だけでも知っててほしい……この世で生きるのはあの世よりもきっと難しいので……」
晴晴「あの世からその男も逃げてきたんだろ?」
白蕾「ーー選んで来たんだと。自分で」
晴晴「それは逃げてきたお前も一緒だろ」
白蕾「そうかもしれません……。晴晴様たちのこととても尊敬しています……この世で生き抜く術をしっかり持っていて」
晴晴「お前もここで生きてるだろ」
酒の垂れていく音だけが静かに流れる――。
白蕾「……晴晴様――」
もう泣けばいい――。
この酒のように涙を流せばいい。
なぜ泣かない。
目の前の妓女はもう限界なはずだ。
布団を握り締めていた両腕は顔へと移された。
そんなに俺の前で泣きたくないのか――。
泣いてくれれば俺が男として接することができる――。
めちゃくちゃにして忘れさせて――。
いつものように農業のこと、あの世のこと、世を渡れるものの何かについて話せばよかった――。
なんで知りもしない男のことを探ってんだ。
晴晴「――白蕾、この間あげた髪飾りはどこにやった?」
白蕾「剣舞のとき落としてはいけないと思って、ここにしまってあります」
晴晴「それはしまうためのものじゃない」
白蕾「はい、わかりましたーー。あれ、ここにしまってたはずなのに――」
俺ができることは、少ない――。
農業に、下庭での情報収集。
もし、あの世に帰る方法が見つかればこいつは隣から居なくなる。
棚の中を探る白蕾の体は衣に包まれ、腰周りが細く、腰を曲げるとお尻の形がわかる。
思わず脚を組むーー。
白蕾「あれ……?どこに……」
こちらを振り返る白蕾は長い髪を耳にかけこちらを見る。
妓女と客の関係、金で買ってるんだ。
こいつをどうにだってしていい。思うままにこいつに手を伸ばしていいはずだ。
なのにそれができない――。
妓女と客から外れた存在を望んだのは俺だったはずだ。
白蕾「あ……晴晴様が持っていたんですね。意地悪な人……(笑)」
髪飾りを受け取ろうと近づいてくる。
白蕾「これ気に入ってるんですから、勝手に触らないでください」
白蕾の口や首筋、あの衣の下ーー。
目を合わせることができない。
白蕾「私にくれたんじゃなかったですか?」
晴晴「そう思うならちゃんとつけとけ。これ以上お前に延長料支払うわけにいかねー」
屋根裏部屋の扉を閉める――。
これ以上は――。
息を整えることがこれほど難しいとは――。
ふらふらと階段を降りるとそこには女将小葉がニヤニヤと笑っていた。
小葉「ーーあんたも限界なんだろ…(笑)もうさっさと手を出しな」
晴晴「うるせー、ババァ……」
気が抜けて階段に座り込むしかない。
小葉「重症だねぇ……(笑)一回くらい白蕾も許してくれるだろ」
晴晴「……許してくれたとしてーー。他の男を思いながら……もうこれ以上耐えられねえ」
小葉「あんたも情けない男だね…(笑)」
階段の上から誰かが降りてくる音がする。
はぁ……あいつだ。
白蕾「朝からお酒なんか飲むから……」
隣にしゃがみこむ白蕾に顔が熱くなり、顔を隠す――。
女将はそれを見て大きな声で笑う。
小葉「あぁ、これは飲み過ぎだ。落簪の回収の時間はとっくに過ぎてんだ。とっとと帰りな!」
白蕾「そうでしたね……。晴晴様それではまた明日」
ちゃんと付けてるな、あれ。
自分が渡した髪飾りをした白蕾は階段の上に立っていた。
また明日もあるなら、まぁいい。
立ちあがる力も残らず、女将に歩かせてもらう。
小葉「夜王がそんなんじゃ、下のものに示しがつかないよーーそれ使い物になるようになったのなら、試してくかい?私で(笑)」
晴晴「萎えること言うな……あいつをどうにかしてくれ」
小葉「――自分で見つけたんだろう」
また大きな笑い声が小葉館中に響いていく――。




