女将の香膳
お通しは嘘だと小葉館中の女たちは思っていた。が、あの屋根裏部屋での「夜の花」事件で小葉館の廊下には妙なざわめきが広がる――。ひそひそと聞こえるようで聞こえない声で。
「晴晴様がついにお手つきにした妓女がいるらしいわよ」
「晴晴様が?」
「先日の文斗様の事件知らないの?」
「まさか……!」
「そう、下級妓女の白蕾よ!いつの屋根裏で何してるかわからない鼠だったのに」
女ばかりの妓楼ではこのような話の巡りは早い。
晴晴は天妓三姫にさえ手を出さないと有名な話。
白蕾に対しておもちゃのような、良くて友人だと思われていた仲だった。
使い物にならないのではなく、本当に手を出さない男だったと――。
晴晴は自分が6本指のためこどもを作り同じ悲しい思いをさせたくないと女に手を出すことを拒んでいたが、まさか本当に……?
天妓三姫の高光が恋をしているからこそその事実を一番に気がついていた、と。
晴晴は今日も慣れたように香膳で静かに酒を楽しみ、落簪を渡されることを待っていた。新しく作り直された落簪も同じように裏に白い花があることを確認し、女将を睨む。
小葉「晴晴」
晴晴「俺は年寄りに興味はねーよ」
小葉「うるさいね、あんたに聞きたいことがあるんだよ。少しは我慢しな」
香膳の席で女将が晴晴の横につくことは珍しく。
妓女たちもその様子、会話が気になるようでチラチラと見ている。
晴晴「落簪配るのが女将の役目だろ、酒を注ぐのは妓女の仕事だ」
小葉「私も妓女だよ」
晴晴「妓女だった、だろ(笑)」
小葉「……あー、もういい。晴晴、単刀直入に聞く。白蕾に手を出したのかい?それとも杨鈴なのかい?」
晴晴はその質問をされると香膳の先にある舞台を真っ直ぐに見て酒を置いた。
あの花以外に興味ないと――。
晴晴「女将はどっちだと思うか?(笑)」
小葉「それがわからんから聞いてるんだろ」
晴晴「女将もまだまだだな」
小葉「――杨鈴でも使い物にならなかったんだろう」
晴晴は広い香膳に響くほど大きな声で笑った。
そして小葉に酒を注ぐように手を伸ばし、また舞台に視線を伸ばす――。
小葉「白蕾かい――それをどうやって説明しろと言うんだい」
晴晴の脳裏には、あの夜――文斗が押し入ったときの光景が蘇っていた。
無意識に白蕾を抱き寄せたとき、心とは裏腹に体が“応えた”瞬間。
ずっと壊れていると思っていた自分の下半身が、妖艶な白蕾の姿にだけは確かに反応した。
白蕾を手に入れた瞬間、自分がどんな男になるか。
その先を思い描くと、晴晴は胸の奥はよくわからない感情と恐怖と期待が入り混じるのを感じた。
晴晴「なんだ、俺とあの花の交わりを見たいのか?(笑)」
小葉の目が鋭く細まる。
晴晴「――杨鈴が俺を選ぶなら白蕾が懐妊したことにすればいい。あいつの持っているのは俺の落簪だけだろ?」
晴晴は得意げに女将を見て酒を飲み干しニヤリと笑う。
晴晴はぶれない男だ――。ぞくりとするような威圧感があった。
杨鈴の落簪から自分を外し、白蕾だけの専属の客であると――。
白蕾他の客から守るためであり、逃げ道としても計算していたのか。
――晴晴には敵わないねと、長く息を吐くしかできなかった。
晴晴「――じゃ、あとはよろしく」
と瓶に入った酒も飲み干し、女将の手にあった落簪を持ち、いつもの屋根裏部屋に晴晴は歩いて行った――。
杨鈴の懐妊。大変めでたいことだ。
杨鈴の落簪を絞るため父親の札として該当する一人が晴晴だったのだ。
晴晴は金を小葉館に落とすことを続けていたため、天妓三姫の杨鈴を買った回数もそれなりにある。
少し前までは晴晴が女を抱くことがないため落簪を除外することは可能だったが――。
白蕾の一件でそうはいかなくなってきてしまう――。
ここで杨鈴が晴晴を選ぶことがあるのだろうか?
これからの人生を考えると晴晴とは長い付き合いで安心感もあり、財力もある。
高光の気持ちを頭の切れる杨鈴なら晴晴を選ぶ可能性は捨てきれない。
自分のこれから何十年の人生を決めることで誰かのことを気にするのか――。
小葉「どうするのがいいかね……」
その横顔には、妓楼を束ねる女の強さと、母親のような深い心配が入り混じっていた。
あの馬鹿は真面目に金落としてくからだよ、まったく――。




