朝
――その男はこんな姿の白蕾をことが見たことあるのか?
お通しはまだ、と。それは本当なのか?
こんな女に手を出さずに過ごしていたというのか。どんな男だ。
あの笑顔をその男に向けるのであれば、白蕾の姿を赤らめた顔を俺にだけ――。
白蕾は温かい湯気と共に、甘い香りがする。
その体にこの6本の指のある手を伸ばすと、体は素直に反応する。
白蕾「晴晴っ!」
白蕾は手をピシッと跳ね返す。
真っ赤な顔の白蕾の顔見て笑いが止まらない。
晴晴「はいはい〜」
白蕾「晴晴様!恥ずかしいから部屋で待っていてください!」
晴晴「今さっきは素っ裸で歩いて行ってただろ?待ってれば許してもらえるのか?(笑)」
目を細めて目を逸らさない。
まるで獲物を見つけた狼のようだ。
白の衣の上に晴晴は自分の羽織をかける。
白蕾「……あ、ありがとうございます」
体を必死に与えられた俺の衣を被って慌てて身を包んだ。
黒と紫の羽織は大きな晴晴のもので白蕾には大きすぎたが、その姿はなぜか似合っていた。
晴晴「悪くない」
白蕾「あ〜……」
あれほど身を隠そうと必死だったはずが、今度は羽織を脱ぎ始めた。
意味が分からん。羽織を押し付け続ける。
晴晴「何やってんだ、着とけ」
白蕾「脱ぎます!」
晴晴「はぁ、お前本当は馬鹿なんだろ?」
白蕾「彼T的なやつ――なんでしょ?」
晴晴「なんだ――馬鹿は寝て治せ」
呆れた顔で自分の羽織に無理やり包み、抱えあげる。
そして湯殿の湯気が一気に外へと押し出されて小葉館の廊下を進んでいく――。
いつもの屋根裏部屋の窓の外は真っ暗な窓が青く光る。
鳥の鳴き声が屋根の上から聞こえる。
朝が来る――。
白蕾「あの――晴晴様、本日は巻き込んでしまってすいません」
晴晴「いつまでその妓女の顔してるつもりだ――」
この花が妓女であり続けるのであれば、俺が夜を買うことでどうにでもできること――。
いつまで強がるつもりだ。俺がこの仮面を取ることはできないのか。
早く妓女の面を剥げ――。
それは祈りのような感情だった――。
この地球の中にも同じように朝が来る――。
高光は一人、化粧鏡の前に座る。
鏡に映るのは、完璧に整えられた髪、美しい輪郭、艶やかな紅。
誰もが羨み、男たちが札を積み上げてきた「天妓・高光」そのものだ。
その鏡の奥の瞳には光が無い。
その前には紫の中に光る金色の波が朝の日差しを浴びる――。
奪い取ったこの落簪はこの空間を拒否しているように感じる。
高光「なぜなの――」
落簪に朝日の光が集り、反射して高光の顔に向かっていく。
眩しくなり目を閉じると屋根裏部屋の出来事が、流れてくる。
こんなの見たくない――。
あの白い花はあの黒く光る人の羽織を纏い抱えられて去っていく。
たまらなくなって紫色の落簪を動かす。
この落簪は晴晴が以前使っていたもので無いことに気がついた。
紫の色は変わっていなけれど、裏に花の模様が白の塗料で描かれている。
まるで「白」蕾専用だと見せつけられているようだった。
あの黒く光る人は誰にも触れない。誰かに執着するような人でない。誰かに惑わされるような人でない。
もうずっとそうっだったじゃない。だから私のものになって欲しかったのに――。
それがこの落簪の裏にある白い花――。
あの晴晴様を変えてしまうほどの人間だというの?あの女がいないときは平和だった。
いつも通りの花街という華やかな籠の中で、規則の中、暗黙のルールの中私たちは守られていたから。
壊さないで。そんなことする必要がない。そんな人物必要ない――。
どうして花街に染まらないと拒む女なの。
私は天妓三姫まで上り詰めたというのに。
過去を消してここまで来たというのに――。
落簪は赤く揺れる火の中で黒い灰へ変わっていく――。
高光「晴晴様はあんな女に渡さない――」
小葉「高光、面倒見きれなくなるよ」
部屋に入ってきた女将は暖炉を私を睨み、火に水をかける。
まるで私のこの火を消そうとしているの――?
ジュと音を立てると、灰が固まる。
落簪もただの炭になっていた。
女将が部屋に入ってきたことに気がつけないほど私は考え込んでいたのね。
女将は笑うことなくその炭を見続けていた。
小葉「これはもう修復不可能」
高光「そのような安っぽい落簪なのがいけません」
そう――。
晴晴様にはもっと艶のある落簪、金の紐が付いているものがいいわ。
こんな落簪だったのがいけなかったのよ。
女将小葉はいつも和かに笑って客を遇らう。
だがその顔は剥がれ落ち、衣の襟も乱れたまま高光を光のない目で見つめる。
小葉「高光――」
女将の声は低く、高光の体にのし掛かる。
小葉「あんたは間違いなくこの花街の光だったのよ――。改ざんだけでなく、盗みまで。あんたの感情でこの妓楼を壊すつもりかい」
眉を上げ高光の顔を見上げる。
冷たい空気で凍りつきそうだ。
宮中と強い繋がりのある文斗を使って復讐しようとしたこと。
小葉館の信頼が地に落ち、子妓の心を壊し、この花街を動かしている晴晴をコケにしようとした。
高光が傷つけようとした白蕾は子妓の行動を尊重し、許した。
それが今回の事件の救いだった――。
文斗様、晴晴様がこれからどのように動くのかわからない。
宮中からの客層は良質であったからこそ小葉館の高級感も出せていた。
だが今回の事件で文斗様の宮中でも発言次第では宮中や祝街からの客が減る可能性も。
そうなれば金の周りは悪くなり、高級感のある妓楼として続けることは困難となり、妓女たちを安売りしなければならなくなる――。
小葉館で梅毒にかかっている妓女が少ないのも妓女を安売りしなくて済んでいたから。
女将は天妓三姫になるため努力して生きていたこと、高光の過去を知っていたからこそ、ある程度のことは口を出さずにいた。
だが今回は妓楼、妓女、女の子たちを守るため女将は怒りを露わにした。
この妓楼の全てを握る女将小葉が、誰にも見せたことのない本気の顔だった。
高光「……私は、間違ってない」
小葉「間違ってるかどうかじゃない。妓楼は秩序で成り立ってる。あんたがそれを壊した。天妓としての誇りまで、焼いちまったんだよ」
灰になった落簪を女将はシワの寄った手で掬い上げて高光にかける。
高光の綺麗な顔、衣にまだ少し暖かい灰がかかる。
高光「なんてこと!小葉様!」
小葉「私はあんたを試したい。もうこのようなことをあんたで止められるのか――」
高光は女将を見て声を上げた。
視線の先の女将はまるで鋭い刃物のように高光の体を指す。
綺麗な衣はじんわりと焼けていく――。
小葉「――あと、高光には言っておく。この小葉館は商売の上手い司翠に渡す。杨鈴は身請け予定がある。高光あんたへの道はあんたが作りな。もう焼くんじゃないよ」
高光の前に煙草を吹かしながら部屋を出て行った――。
誰よりも冷静で自分の芯を持っている杨鈴は姉のようで、ずっと憧れていた。
そんな杨鈴は懐妊しているのね――。
私だけがこの小葉館、自分の価値を落としてしまっていた。
それでも小葉様は私を捨てなかった――。
私も覚悟を、生きることを決めなければいけないのね。
読んでいただきありがとうございます!
投稿できる話数がたまってきましたので本日12:00にも投稿予定です。
21:30分をいつも通り更新します。よろしくお願いします。
はな




