その日、その時、その瞬間まで
最初に彼らが現れたのは、僕が十歳の誕生日の朝だった。
窓を開けると、銀色のスーツに身を包んだ二人の男女が立っていて、淡々と告げた。
「——あなたを“その日”まで守ります」
質問を浴びせても答えはくれなかった。ただ、交通事故から僕を引き離し、倒壊するビルから抱き上げ、ありえないほどの偶然で僕を救い続けた。
やがて僕は「その日」という言葉に怯えながらも、それ以上に彼らの存在に安らぎを覚えていた。
大学に進み、社会人になり、恋をして、結婚した。未来人たちは常に僕の影のように寄り添い、銃口や刃物、病魔からも僕を守ってくれた。
いつしか僕は思った。「その日」が来るまで生き延びさせられる理由は何なのか、と。
そして——五十歳の誕生日の朝。
未来人たちは、初めて笑った。
「準備は整いました。今日が“その日”です」
僕は身構えた。死の宣告か、あるいは世界の終わりか。だが彼らは静かに首を振った。
妻と子供が見守る前で、未来人たちは一枚の古びた紙を取り出した。そこには、未来の歴史書の断片のような文字が刻まれていた。
《二一〇五年九月四日。最初の未来接触者・○○(僕の名前)が、人類と未来人の共生協定に署名した》
目の前でテーブルに置かれたのは協定書だった。ペンを握る僕の手が震える。
彼らが守ってきたのは、僕が“その日”に署名し、未来の歴史を確定させるためだったのだ。
そして僕が署名した瞬間——彼らの姿は光に溶けるように消えた。
静かなリビングに、僕の心臓の音だけが響いていた。
“その日”は、死でも終わりでもなく——未来を決定づける始まりの日だった。