掌の仔猫
学校帰りの夕方、公民館で過ごしていると
「周りを見回しても親らしき影もなく」「このままなら保健所に」 そう、大人達の声が聞こえてしまった。私は考える事なんて出来なくて、とにかく必死で、手に持ってた学校鞄をカゴ代わりに、その小さな身体を抱えて帰路につく。
「あぁ〜……なんて言い訳しよう……」
ダンボールに適当なタオルを敷いた簡易ハウスでスヤスヤと睡る仔猫を見つめる。
怒られるだろうな。
でも……あそこで、見て見ぬふりなんて出来なかった。聞いてしまったんだから。
「保健所になんて……」
絶対に行かせない。
晩御飯の時間
私は、緊張しながら準備をすませていく。
大丈夫、大丈夫。おちついて喋ればいい。
「今日は学校どうだったの?」
「いつも通りだったよ」
「確か、今日は夕方に公民館へ行くっていってたわね」
「うん。ちょっと、調べながら宿題をしたくて。」
「それで……?他に何かなかった?」
「……」
「猫」
ドクン、と心臓が音を立てる。
「あなた、分かってるでしょう?簡単なことじゃないのよ。なのに……」
「だって!!……だって、あのままなら、お迎えがないなら保健所だって、そう聞いちゃった……から……」
目を開いて間もないであろう、白、黒、茶の毛が斑に生えた仔猫。
片手に乗る、小さな小さな生命。
「だから、お願い。」
震える声で、精一杯の言葉を出す。
数秒の沈黙が流れ、母は溜息をつきながら私の顔を見る
「……わかった。」
「っ!!」
私は安堵と嬉しさで涙を溢した
「ありがとう!」
ご飯の途中だということを忘れて自分の部屋に駆け上がり、タオルの上でヨチヨチと歩く仔猫を優しく抱いて母の元へ戻った。
「その……勝手に連れて帰ってごめんなさい」
「いいのよ。それに……まだ生まれて間もないのね、この子」
母は、大人しく抱かれている仔猫を撫でながら話し始めた。
「私もね、あなたと同じぐらいの歳の時に仔猫を連れて帰った事があるの。見て見ぬふりなんて出来なくて……今のあなたと同じね」
クスッと笑って私の頭を撫でる
「別れは辛いわよ」
「うん」
私は母にもう一度 ありがとう と言って抱きつき、仔猫を簡易ハウスへ戻した。
私はきっと、この出会いを忘れないだろう。