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行き着く場所

「......って事があったんだよ!」

 

 空がオレンジ色に染まり始めた午後。

 エリゼは、紅茶を嗜みながら興奮気味に幼少期の思い出を語っていた。


「今思えば、あれってテアの魔法だったよね?」

「さぁ、覚えてない。」


 熱っぽく語るエリゼとは対照的に、彼女は相変わらず淡白な性格をしている。


「そうやって、いつもとぼけるんだから......でも!小さい頃は本気で奇跡だって信じてたんだよ!」

「へーそうなんだ。」


 あれから時は流れ、彼女達は十六歳になる年を迎えていた。

 身長は子供の時よりも何倍も伸び、可愛らしい面影は残しつつも、顔立ちはすっかり大人びて来ていた。


「とにかく!あの時からお姉ちゃん達はカッコ良かったって事だよ!」


 エリゼが、自分達の武勇伝を必死になって語り聞かせる相手は......テアの妹、レプス・ティーシャ=ロシャだ。


「へぇ〜!お姉ちゃんすごいね!かっこいい!」

「そうなんだよ〜!特に、テアお姉ちゃんは凄いんだよ!何もしないで魔法を使えるんだから!」


 エリゼが彼女の事をティーシャではなく、テアと呼ぶようになったのは、彼女の妹が産まれてからだ。

 彼女が愛称として呼ばれていた「ティーシャ」が、妹の名前に使われてしまった為、ややこしくなる前に彼女をテアと呼ぶようになった。

 勿論、妹の名前がティーシャになった理由も両親の好きな物が、レプス=うさぎ、ティーシャ=テア(娘)だからだ。


「いいな〜!お姉ちゃん達かっこいいな〜!」

「名前は最悪だけどね。」


 妹のティーシャは、静かに本を読む彼女を憧れの眼差しで見つめた。


「ティーシャも......お姉ちゃんみたいになれるかな?」

「......分からない。なれるかどうかは、その人の努力次第だから。」


 年下にも容赦のない返答に、エリゼは不満そうに唇を尖らせる。

 

「......何?」


 そんなエリゼから視線を感じ、彼女は顔を上げた。


「いや〜、せっかく可愛い妹が憧れてくれているのに、大人げない返事だな〜って。」

「別に......憧れて貰えるような人間じゃないよ。」


 彼女がそう言うと、ティーシャは残念そうに肩を落とし、しょんぼりと俯いた。


「あー!ルル叔母さん〜!テアお姉ちゃんが、ティーシャを悲しませました〜!」


 エリゼは、一キロ先まで聞こえそうな声量で、母親に告げ口を始めた。


「テア〜!!何を言ったの〜!!」


 家の中から、今にも鬼の形相で迫って来そうな母親の声が響いて来た。


「はぁ......やっぱり、エリゼと関わると碌な事ない......」

「へへっ!!優しい友人と可愛い妹に囲まれて、テアは幸せ者だね〜」


 両腕で頬杖をついたエリゼは、頬にえくぼを浮かべ、相変わらず柔らかい笑顔で彼女を見つめた。


 このまま、同じ日常が退屈に穏やかに続いていくーーそんな風に彼女は思っていた。

 けれど、そんな日常が一変する出来事が、突然訪れる事となる。


「魔法学校に興味ない??」


 ある日、両親が彼女に提案した。


「何で?」

「ティーシャは魔法が好きなようだし、王都にある魔法学園に行った方が、もっと沢山の魔法を知る事が出来ると思うの。」


(沢山の魔法......)


 彼女にその必要はなかった。

 何故なら、この世に存在する魔法は、前世で全て知り尽くしてしまっていたからだ。

 知り尽くした後も、新たな魔法を創作したり、高度な魔法を解析するなどして研究を続けて来たが、それらも全て、前世の彼女が必要としていた事。


「......興味がない。」

「えっ?!なっなんで......?!」


 彼女がそう言うと、両親は焦っていた。


「でっでも!部屋に引き篭もっては、毎日のように魔導書を読んでいるじゃないか!」

「あんな本は魔導書とは呼べない。術式への理解も不十分な人間が、無理やりこじつけて書き上げた本だよ。」


 説得に必死な両親は、魔法学園の資料をいくつか机上に置いたが、彼女は一瞥すらせず、その場を立ち去ろうとする。


「まっ待て!テア!」


 父親が叫びながら、勢い良く椅子から立ち上がった。


「何?」

「まるで、魔法の全てを知っているような振る舞いをするんだな......」

「勘違いしているみたいだけど......これからもこの先も、魔法の全てを知れる者は存在しないよ。」


 彼女はそう言うと、家から飛び出した。

 何故、両親がここまでして彼女を魔法学校へ通わせようとするのか......人の感情に疎く、真実に向き合おうとしない今の彼女では、到底理解できる事ではなかった。


*  *  *  *  *


 その後、外へと飛び出した彼女は、よく休憩場所にしていた大木へと向かった。


「魔法......」


 あの時、魔法に興味はないと言っていた彼女だったが、本当は知り尽くせていない前世の自分に、もどかしさを感じていた。

 もっと知っていれば、もっと研究していれば、もっと学べていれば......そのもっと、もっとが、彼女を後悔へと引き摺り落としていく。


「テア〜!」


 その時。

 木陰に座り込んでいると、遠くの方から彼女の名を呼びながら駆け寄って来るエリゼの姿が見えた。


「あ〜疲れた〜」

 

 彼女のもとへ辿り着いたエリゼは、両膝に手をつき、肩を大きく上下させながら荒い息を吐いた。


「どうしたの?」

「隣の叔母さんにパイを届けようと思ったら、エリゼが見えたから、お話ししようと思ってね!」


 エリゼはそう言うと、嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「届けなくて良いの?」

「そう思ってたんだけど、このパイはテアにあげるよ。」

「私はいらないから、早く叔母さんに届けに行った方が良いよ。」


 彼女がそう言うと、エリゼは木陰に座り込み、手遊びをしながら呟いた。


「叔母さんは元気だから良いの。テア、今日は何だか元気がなさそうだったから......」

「......いつも通りだよ。」

「私はテアと何年一緒にいると思ってるの?元気があるとかないとか、見ただけで分かるよ。」

 

 そう言うエリゼの顔は、いつもより真剣で大人びていた。

 

「......エリゼは、これからどうするのか決めた?」

「う〜ん......まだ考えてないけど、素敵な花嫁になりたいな〜!」

「花嫁?」

「うん!花嫁になって、この村でずっと暮らすの!そうしたら、もし皆んなが遠く離れちゃっても、いつか再会できる日が来るでしょ??」


 エリゼらしい優しい返答に、彼女は安堵した。

 

「そう言うテアは??何になりたいの??」


 ぽかーんとした表情で質問するエリゼに対して、彼女は口元を少し緩めた。


「あ!今笑った?!テアが笑うところ、初めて見た!」

「笑ってない。」

「いや!絶対に笑ってたよ!」


 その日、彼女は決心した。


「学校、行く事にした。」

「え?!」

 

 突然の心変わりに、両親は驚いている様子だった。


「なっ何で突然......?」

「学べる事は学んでおくべきだと思って。それに......」


 彼女は少し黙り込んだ後、少し微笑んで言った。


「待っててくれる人がいるからね。」


 彼女が大切な人達を置いて学びに行くのは、今回が初めてではない。前世でも一度だけ経験した事がある。

 前世の彼女は、魔法ばかりを優先して大切な物から目を背けて来た。そして、ようやく気付いた時には全て失い、取り戻せなくなってしまっていた。

 

 前世の彼女が、時間操作の魔法を使えば、時を戻す事は可能だった。しかし、彼女がそれを敢えてしなかったのは、単に自信がなかったからだ。人と向き合う時間と責任の......。


(私は......取り戻すにはあまりにも長過ぎる時間を、魔法に費やしてしまっていた......)


 しかし、今回は目を背けずに向き合ったからこそ、失いたくない者の存在が明確に浮かび、魔法を選ぶ事を躊躇(ためら)わせていたのだ。


 これは、決して悪い方向などではなく、彼女が良い方向へと向かっている証でもあった。

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