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沈黙の返却

 あの出来事から数日。

 あれ以降、子供の相手がすっかり面倒になった彼女は、再び部屋に閉じ篭もってしまっていた。外に出ると、(ろく)な事がないのだ。


「人間が解析した魔法は、やはり正確性に欠けてる。雑なのか大雑把なのか……このズレが魔法の質と威力に大きく影響するのに……」


 彼女の死後、完璧な解析が出来る者は世界から完全に消えてしまった。彼女の論文や過去の研究内容から解析しようとする人間も少なからず存在したが、見よう見真似で解析された魔法は、不完全で、魔法とは呼べないレベルのものだった。


「修正しないと……いや、その必要はないか。」


 彼女は、そう思ってすぐにやめた。


 「誰もが魔法を使える世界に」それを目標にしていたのは前世の彼女であり、今の彼女ではない。

 解析や魔法の研究を必要としていたのも、そんな世界を理想としていた(ゆえ)の行動と努力だった。


 彼女は、退屈そうに頬杖をつくと、魔導書を何も考えずにただ眺めた。


ーードンドンドンッ......!!


 すると突然、家の扉を何者かが叩いた。


「ロシャさん〜!いらっしゃいますか〜?」


 扉の外からは、男性と思わしき声が聞こえる。


「......。」


 あいにく、今日は午後まで両親が居ない。

 魔法の研究が大好きな彼女は、前世の頃から部屋に篭っていた為、人との関わりをあまり経験して来なかった。そんな彼女にとって、今の状況はかなり面倒極まりなかった。


「はあ……面倒だ……」


 ため息を吐く彼女だったが、これらは全て因果応報、自業自得、身から出た錆……しかし、彼女はそれを自覚していない為、変わろうとする努力は一切せず、安定の居留守を使おうとしている。


「ロシャさん〜?いらっしゃいませんか〜?ロシャさん〜!!」


 そんな呼び掛けが、何分間も続いた。

 初めの内は無視をしていた彼女だったが、どれだけ時間が経過しても、相手に引く様子が全くなかった為、渋々扉を開く事にした。


――ガチャッ……


「はい……何ですか......?」


 面倒そうに扉を開けると、目の前には聖職者の証である祭服を着た男性が立っていた。


「あ、君は確か......ロシャさんの娘さんのテアちゃんだったかな?」

「はい、ご用件は?」


 知りもしない相手が、なぜ教えてもいない自分の名前を知っているのか……彼女は疑問に思ったが、聞けば長くなりそうだった為、早々に要件を聞き出す事にした。


「あ......私の名前はマルキー・オットーソンです。教会の補佐官をしています。」


 男性は自ら名を名乗ると、相手が子供である事は気にも留めず、礼儀正しく一礼をした。


「そうですか。それで、要件は?」


 礼儀は礼儀で返すのが一般的な常識となっているが、頼まれても、指示されてもいない事を彼女はわざわざしない。これは、彼女流に言えば……「時間の無駄」だ。


「えっと……少しだけ恥ずかしい話になっちゃうんだけど……」


 そう前置きをする男性は、面目なさそうに話を続けた。


「教会が大切に保管していた魔導書を失くしちゃってね......」


 男性の説明で、彼女はすぐに察した。


(エリゼ......まだ返してないのか......)


 男性が彼女の両親に聞こうとしているのは、恐らく、あの日エリゼが持ち出した戦闘用魔法の書の事だろう。

 そもそも、そんなに大切な物を、あんな幼い少女一人に簡単に盗まれてしまう程度の保管方法とは、一体どのようなものだったのか……彼女は、盗んだエリゼの心配よりも、その事への関心の方がかなり高かった。


「ところで、村の人達を知らないかい?今日はテアちゃん以外見掛けてないんだよね……」

「......今日は朝市があると言っていたので、村を降りてるのかと。」

「そっそっか……それはタイミングが悪かったね。」


 子供とは思えない冷静沈着な彼女の対応に、男性は困惑している様子だった。


「どこに消えてしまったんだろうね……数日前まではあったから、その間の事だと思うんだけど......」


 厳密に言えば、盗まれたの方が正しい。

 恐らく今頃は、エリゼのベッドの下敷きになっている。


「テアちゃんは何か知らないかな?」

「知りません。動物の仕業では?」

「いやいや、流石に魔導書を盗む動物なんて居ないよ……」


 適当に答える彼女にも丁寧に対応する彼は、聖職者の鏡だろう。


「参ったな......」


 男性は頭を抱えた。このまま魔導書が見つからなければ、全責任を取らされるのは彼だろう。


「今日は協力してくれてありがとう。お母さんとお父さんが帰って来たら、オットーと言う人が来たと伝えて貰えるかな?」

「分かりました。」


(......すぐに忘れそう。)


 今まで魔法以外に無頓着だった彼女は、人の顔や名前を覚えるのが大の苦手だった。

 無論、両親に伝える気は全くない為、忘れても問題はない。むしろ都合が良い。


 男性が去った後、彼女は再び部屋へと戻り、机に放置していた魔道書を手に取った。


(やっと静かに本が読めr……)


 しかし、先程の事が頭によぎり、集中できなかった。


(貴重そうな物だったし、盗みがバレたらどうなるんだろう……?)


 彼女は色々考えた末、ため息を吐くと、おもむろに身支度を始めた。

 無関心なふりをするものの、彼女は誰よりもエリゼの事を気に掛けていた。


*  *  *  *  *  *


 その後、身支度を済ませた彼女は、立ち止まる事なく颯爽と家を後にした。


 午前の外は、相変わらず眩しくて煩わしい。春の生暖かい風と草木の匂いが、時々鼻を刺す。

 遠くからでも目に入る、あの真っ赤な屋根の小さな家が、エリゼの暮らす家だ。


ーーコンッコンッ......!


 彼女はエリゼの家に着くや否や、木製の扉をノックした。


「は〜い!」


 返事と同時に、扉が開く。


「あ!ティーシャ!」


 中から出て来たのは、お日様のような柔らかい笑顔を浮かべるエリゼだった。


「珍しいね!今日はどうしたの??」

「あの本はどうした?」

「あの本って......?」


 どうやら、本の存在すら忘れてしまっているようだ。


「マビ……なんとかの書って本。」

「マビ……??マビ……あ、」


 すると、先程まできょとんとしていたエリゼの表情が、突然曇り出した。


「やっぱり……まだ返してなかったんだね。教会の人が探してたよ。」

「うわぁ〜!どうしよう!」


 彼女は後悔した。あの時、エリゼに返すように指示するのではなく、自分が返しに行けば良かったと。


「どうしよう……怒られちゃうよ〜!」

「仕方ないよ。今からでも返しに行こ。」

「ティーシャも一緒に来てくれる......?」


 内心、かなり面倒だったが、また返し忘れたと泣きつかれる方が面倒だった為、一緒についていく事にした。


「はぁ......分かった。」

「うわぁ〜!!ティーシャ!ありがとう……!」


 彼女が着いて来てくれると分かったエリゼは、安堵した表情で飛び跳ねた。


 その後、身支度を済ませたエリゼが、魔道書を両腕に抱え、どこか不安げな様子で外へと出て来た。


「どうしよう……もし、本を持ち出したなんてバレたら、またお母さん達に叱られちゃうよ......」


 エリゼは好奇心旺盛で、良い意味でも悪い意味でも沢山のことに興味を示す。

 その為、エリゼは毎日のように大人達から叱られているのだ。


「黙って持ち出すなら、もっと上手くやらないと。中途半端な行動は後々面倒になるだけ。」


 注意になっていない注意をする彼女は、至って冷静だった。


「でも、どうやってバレないように返すの?教会はいつも司祭様がお祈りしてるからバレちゃうよ??」

「逆にどうやって持ち出したの?」

「えっと〜あの時は......お母さんが司祭様とお話しててから、こっそり持ち出せたんだよね〜」


 エリゼに悪気はないのだろう。柔らかく微笑むその顔には、微塵の悪意も感じられなかった。


「......取り敢えず、裏口から侵入出来そうなら裏口から。」

「ダメそうだったら?」

「司祭様とやらに正直に言って、エリゼを叱ってもらう。」


 緊張気味に質問するエリゼに、彼女は無情に答えた。


「え〜?!お願い!一生のお願いだから!誰にも言わないで!」

「それ何回目?」

「これで最後にするから!」


 涙目で懇願(こんがん)するエリゼに、彼女はため息を吐いた。


「これが最後だよ。」

「はい……」


(仕方ない......今回は魔法を使った私も共犯だ。)


 彼女は、これまでに何度もエリゼに振り回されて来た。

 今回が初めてではないからこそ、予測不能なエリゼの危険性を重々理解していた。


*  *  *  *  *  *

 

 その後、教会に到着した二人は、扉の目の前で足を止めた。


「ほっ本当に侵入するの……?」

「嫌ならやめても良いよ。私は別に困らないし。」


 彼女の提案に、エリゼは首を振った。


 二人は、教会の裏口まで周ると、蔦が絡む古びた扉の取手に手を伸ばした。

 その瞬間、扉の内側から大人達の低い声が聞こえた。


「司祭様達かな……?」

「裏口からは無理そうだね。」

「え?!じゃ……じゃあ、私怒られるの……?」


 エリゼの瞳が涙で潤んだ。


「大丈夫。裏口が駄目なら、表側から侵入すれば良いだけ。」

「でっでも、表側には……」

「教会の関係者は何人?」


 彼女が質問すると、エリゼは指を二本立てた。

 

「少ないね。」

「小さな教会だから人が少ないんだって。村の人達と協力してるから少なくても困らないって、お母さんが言ってたよ。」

「それは好都合だね。ここの関係者が二人なら、表には誰も居ないと思う。」


 裏口の扉から薄らと聞こえた声は、合わせて二人。

 今日は月に一度の朝市が開催されている事と、補佐官の男性が家へ訪ねて来た時、「今日はテアちゃん以外見掛けていない」と話していた事から、村の大人達は村に居ないと彼女は判断したのだ。

 つまり、今この教会に居るのは、恐らく、先程尋ねて来た男性と司祭と呼ばれる人物だけ……。


「今のうちに返しに行くよ。」

「うん……」


 彼女達は、急ぎ足で表側へと向かうと、重厚感のある大きな扉を静かに開いた。


 教会の中は、洗礼された白で統一されており、重々しい空気と同時にどこか開放感のある不思議な雰囲気が漂っていた。

 

「いつもはお母さんと来てるから、なんか初めてな感じがする……ティーシャは、ここに来るのは初めて??」

「うん、来る必要もなから。」


 彼女はエリゼの質問に答えながら、辺りを見渡した。


「それで、魔導書はどこにあったの?」

「あの祭壇に飾られてたよ!」


 エリゼはそう言うと、祭壇がある方にまっすぐ指を指した。

 

「あんな見えやすい所にあるのに、教会はエリゼに気付かなかったの?」


 物怖じもせずに本を持ち出したエリゼもエリゼだが、そんなエリゼに気付かなかった教会側の管理不足に対しても、彼女は呆れた。


「早く戻して帰るよ。」

「はーい!」


 二人は祭壇の目の前まで行くと、静かに魔導書を戻そうとした。

 その時――


 裏部屋に繋がる扉が開かれる音が聞こえた。


「どっどうしよう……!」


 彼女は、焦るエリゼの口を咄嗟に手で塞ぐと、均一に並んでいる長椅子の裏へと滑り込むように隠れた。


――ガチャッ……


 二人が隠れたと同時に、教会の関係者が会話をしながら裏から出て来た。


「いや〜それにしても、魔導書を盗むなんて……神から見捨てられても文句は言えないな。」

「まぁまぁ、動物の仕業かも知れませんし……」


 よほど大切な書だったのだろう。司祭らしき人物は腹を立てている様子だった。

 そんな司祭をあやす男性は、先程の男性だ。

 

「聞き込みはしたんだろう?怪しい奴は居なかったのか?」

「えっと〜特には……」


 申し訳なさそうに答える補佐官の男性に、司祭らしき人物は彼を責め立てた。


「特にはとは何だ!ちゃんと聞き込みをしろと言った筈だ!あれはただの魔道書ではない……!マビリスの書なんだぞ!?」


(マビリス……前から聞く()()は何……?)


 皆が口を揃えて言う「マビリス」……何かの団体なのか、物なのか。この時代に生まれて数年しか経ってない彼女にとって、それは未知な存在だった。


(そう言えば、エリゼが持ち出した魔道書にも、そんな単語が刻まれていた気が......)


ーーボタッ......!!


 彼女がマビリスについて考え込んでいると、突然、二人の目の前に何かが落ちて来た。

 よく見てみると、それは中ぐらいの蛇だった。

 恐らく、天井の柱に絡みたいていたのだろう。


「ひっ......!」

「しっ!静かに......!」


 蛇が大の苦手だったエリゼが、思わず声を漏らした。


「誰だッ!!」


 咄嗟にエリゼの口を塞いだものの、流石に聞こえたらしく、司祭が声に反応した。


「どっどうしよう......」

「......大丈夫。」


 焦るエリゼに対し、彼女は妙に落ち着いた様子で言った。


 司祭の足音が、徐々に二人の元へと近づく......見つかると覚悟したエリゼは目を塞いだ。

 その時ーー司祭の足元に蛇が勢い良く絡み付いた。

 

「うわッ......!!!」


 驚いた司祭から変な声が出た。


「司祭!どうされましたか?!」

「オっオットー君......ッ!!裏から火ばさみを持って来なさいッ!!」


 補佐官の男性は、司祭の指示で裏側へと姿を消した。

 残すは司祭のみだったが、司祭は足を振り回し、蛇を引き離そうと必死な様子だった為、周りが見えていない様子だった。

 彼女は、エリゼの手首を勢い良く掴むと、祭壇の方まで走った。


「ティっティーシャ......!流石にバレちゃうよ!」

「シー、大丈夫。」


 彼女は口元に人差し指を当てると、エリゼが持っていた魔道書にそっと手を伸ばし、祭壇に魔導書を戻した。


「バレてない......?」


 司祭は、未だに蛇を引き離そうと必死になっている。


「今のうちに帰るよ。」


 彼女はそう言うと、エリゼの手首を掴んだまま、教会を飛び出した。


 外へ出た二人は、息を荒げながら野原の上に寝っ転がった。


「それにしても!よくバレなかったよね!祭壇に返す時、司祭様と目が合った気がするんだけど……気付かれなくて良かったね!」


 エリゼは終始、興奮している様子だった。


「.......うん。」


 正直、あの瞬間……タイミング的にも角度的にも、 二人は司祭から確実に見えていた。

 それにも関わらず、司祭が何も反応しなかったのは、彼女が密かに外側から見えなくする魔法をエリゼと自分自身に掛けていたからだった。

 しかし、当のエリゼは、単純にそれが奇跡だと思い込んでいる様子だ。


「ティーシャ!これからも私と仲良くしてね!」


 相変わらず、エリゼは陽のような温かさで彼女に笑いかける。

 彼女もそれを不快に感じないのは、エリゼに敵意が全くないからだろう。


「……もう助けないからね。」

「え?!そんな事言わないでよ〜!私たちの仲でしょう??」

「いや、真剣に。」


 今回の一件ではっきり分かる事......それは、彼女の外嫌いが更に悪化してしまったと言う事だろう。

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