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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花言葉

私は大好きな人に何も伝えないまま、この世を去った。

最後に聞いたのは、自分の身体が砕ける音と、知らない誰かの悲鳴。

そういえば、人が死ぬ時に最後まで残るのは聴覚なんだって。昔、友達が言っていた。


私は自分で言うのもあれだけど、クラスの人気者だと思う。周りに笑顔を振り向き、素を出さない。そうやってみんなに合わせて、私は善人のレッテルをみんなに刷り込ますことが出来ている。


私はいい子を演じなければならない。嫌われることが怖い。だから、クラスで1人で過ごしているような子にも声をかける。


「ねえ、なんの本読んでるの?」


これが、私と彼の初めての会話。彼に興味はあった。常に1人でいても何も気にしないかのように過ごすことができる彼を、私は少しかっこいいと思っていたから。


私は彼のことが好きだ。大好きだ。それがいつからなのかは分からない。あの日から毎日話すようになって、知らぬ間に、私は彼に堕とされてしまったみたいだ。でも彼はきっと私のことが好きじゃない。それは、色んな人に好意を向けられたことがあるからわかる。彼の目は、誰にも媚びないまっすぐな光をしていて。

私を“ひとりの女の子”として見る目じゃなかった。

それが分かってるのに、私はどんどん惹かれていった。


私の誕生日に、彼はデートに誘ってくれて、バラの花もプレゼントしてくれた。なんで私がバラの花好きってわかったのって聞いたら、友達との話を盗み聞きしてたみたい。ちょっと引いたけど、嬉しいが勝つ。彼はきっと花言葉なんかには興味がない。


私はあれから毎日早起きしてバラの手入れを怠らなかった。大好きな彼から貰った初めてのプレゼントだから。大事にしないわけないよね。早起きするおかげで、朝彼と話す時間が前よりももっと増えた。いい事だらけの日常のように思えるけど、それは彼と話す時だけで。みんなに合わせている時の私は、きっと彼が見ている私とは、全くの別人だと思う。自分の我慢に限界が近づいてるなんてとっくの前から分かってた。


この時に、彼を頼ればよかった。なんて今になって思う。彼を頼りたくないんじゃない。大好きな人に迷惑をかけたくなかった。その、少しの躊躇いで私は、今ここにいる。


私の住むマンションの屋上。

ここから飛び降りたら跡形もなく消えるだろう。暗い夜を背に、私は静かに縁へと立つ。


もう限界だった。みんなに合わせて笑って、教師の期待に応えて、「いい子」の仮面を張りつけた日々。それを楽だという人いるかもしれない。でも私には、それはもう耐えきれない重さになっていた。


嘘の笑顔が顔に貼り付いて取れなくなった。

そっと1歩足を踏み出す。もう1歩踏み出すだけで、私はこの世界から逃げ出せる。


なのに、足がすくんで動かない。

怖さか、後悔か、それとも……彼の顔が浮かんだからだろうか。


2年間も一緒にいたのに、告白どころか何もしてこなかった、へたれで、優しくて、不器用な彼を。私がいなくなったら、きっと泣いてくれるんだろうな。

……そう思った瞬間、皮肉にもその感情が、私の背中を押してしまった。


私は宙を舞う。

もう彼には、会えない。

風の中でようやく、後悔がやってくる。


私の人生いっつもこうだ。

伝えたい言葉は、いつも遅すぎる。

でも最後くらい、言わせてよ。

私は精一杯の笑顔でこう呟く。


「ごめんね。大好きだよ。」


昔友達とした話をもうひとつ思い出す。

人はやり残したことがあると成仏できないらしい。

私のやり残したことは、ただひとつ。

彼と卒業すること。


彼はほんとにかっこいい男だと思う。お参りには来てくれるし、毎日1番に来て私の花瓶の水を変えながら、私に語りかけてくれる。


もう今日で卒業だ。これが私と彼の最後の会話になる。


「今日で卒業だね。」


毎度の如く噛み合わなかった会話も最後だけは、綺麗に重なる。

それを知ってるのは私だけ。

私の笑い声だけが、教室に響く。


彼は、卒業式が終わると、大きく咲く桜の木の下に行った。その時から私の事知ってたんだ。全く彼は、ずいぶんと前から私を知っていたものだ。

彼は、右手に持っている綺麗な紫色のシオンの花を置いた。

「それもしかして、私に?」

私の声に被せるように、彼は言う。


「ずっと好きでした。」


涙を必死に押し殺そうとしている彼を見て、私も涙が頬をつたう。


「私も、私も好き、大好き!」


その時初めて、私は全力で笑えた気がする。

初めて素を出せた人。

彼はゆっくりと歩き出す。もう私の方を彼が向くことはない。


鼻を啜って、肩を揺らしながら必死で涙を我慢して歩く君の背中を私は見届けた。


私は、消えゆく自分にもうこの世から居なくなることを感じる。

匂いはないし、目の前は真っ暗。けれど、彼の声は不思議と聞こえる。




「シオンの花言葉ぐらい知ってるんだから。」


この物語を書き終えたとき、まさか自分の紡いだ言葉でこんなにも胸が締めつけられるとは思いませんでした。


でも、それだけ彼女と彼の気持ちに本気で向き合っていたんだと思います。


人は、誰かに好かれるようにふるまうことができる。

でも、「自分らしくいる」ことって、簡単なようで本当に難しい。

この物語の彼女は、その狭間でもがきながらも、最後まで“誰かのため”を選んでしまった。

彼は何も知らなかった。でも、何もできなかったわけじゃない。


書きながら、何度も「もしもこうだったら」と思いながら、

それでも選ばれた結末に、僕自身も何度もうつむきました。

でもきっと、読んでくれたあなたの中にも、

どこか重なる部分があったんじゃないかなって、勝手に思っています。


最後まで読んでくださって、ほんとにありがとうございました。

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