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第五話:神託

 魔王を殺す運命を背負う少女が隣で微笑んでいる。


 俺は魔王だがその隣で苦笑いしている。





 別に、心の底まであの少女に籠絡された訳じゃない。

 俺の大義は俺だけのものではない。

 いずれ必ず、勇者の首はもらう。


 ただ……今ではない。それだけだ。





 少女のいじらしさに負け——じゃなくて危険因子の監視という合理的理由により、結局勇者クレアの魔王討伐の旅に同行することになってしまった。



 今はその門出を祝う食事会として、聖女エリスに連れられたレストランに三人でいる。


「不安はありますか、クレア」


 エリスがナプキンで口を拭う。


 先代勇者パーティの中では最もクレアに年齢が近いエリスは、しばしばクレアの世話を焼いてあげているのだろう。


「魔力探知ができないことだけ不安でしたが……私にはもう、アゼルがいます」


 そう言って俺の方を向く。

 いや、俺今日会ったばかりだし、敵だし。


 眼下に置かれたビーフシチュー。

 血よりも黒いが、血よりも温かい。


 最後に人間以外を食べたのっていつだったっけ。



「すみません。ちょっとお手洗いに」


 クレアが席を立って、摺り足気味でトイレに向かう。

 銀色に輝く長髪の先端が揺れるのを見届ける。


 角を曲がって見えなくなったところで、形式的な微笑を浮かべる聖女を見遣る。



——なにかが変わる。


 魔力ではない。

 表情ではない。

 殺気ではない。


 人間が知覚しうる全ては平穏だが、このテーブル周辺だけ異様な空気を纏う。

 超越的な事象の下行われる牽制。

 確信。


 お互い理解している。

 それが示す意味。


 見縊っていた。

 気づかれていないと慢心していた。


 平静を装って呟く。


 この時を待っていたかのように。


「……神託。どこまで知っている」


「……抽象的結末」


「……答えになっていない」


 聖女の上に貼り付けられたハリボテの笑み。

 その下からホンモノが現れ出る。


 口角を片側だけ吊り上げているが、それが内包するのは愉悦か侮蔑か。

 いずれにせよ聖女がしていい顔じゃない。


「貴方は彼女を殺さない。それで十分。それ以外は些事に過ぎないの」


「……それが当たるとは思えない」


「それも含めて、女神様のお導きよ」


 下らん。

 第一、絶対に当たる予言など必要ない。

 そして、当たらない予言に意味はない。


 話が噛み合わない。ため息を吐く。


「クレアの魔力浄化能力について、本人はどれくらい知っている」


「……過程以外全て。その解除方法もね。知りたいなら本人から聞きなさい」



 解除方法……。


 彼女は……勇者クレアは、初めて俺の邪毒に触れたとき何を思うだろう。

 そして、その毒はいずれ勇者を蝕んでしまうのだろうか。



 クレアが白いふりふりの付いたハンカチを畳みながら戻ってくる。


 空気が和む。エリスが切り出す。


「二人とも。残念ながら私たちは新たな魔王に関する情報を持っていない」


 どの口が言ってるのだろう。

 顔は過去に魔王を討伐した英雄のそれだ。


「ファーガン王国の東沿岸部に位置する貿易都市キラド。そこに、邪神降臨を目論む邪教徒のアジトがあります。まずはその調査・殲滅を目指すのが良いでしょう」







 夢。

 唯一敬愛した人間。


 今も世界のどこかで藻搔き続けているのか。

 それすらわからない。


 だが、別に構わない。

 やるべきことは変わらない。





 大聖堂の一室を借りて一泊した。


 朝起きた時に身体が痛くないなんて、今までの生活からは想像もつかないな。



 ドアのノックが響く。


「アゼル? 起きてる?」


「起きてるよ。どうかした?」


 鍵を開け、ゆっくり扉を開ける。


 そこには薄着姿のクレアが澄み切った目をして立っていた。

 どこに目を向ければ良いかわからず一瞬焦点がズレた。



 椅子に座らせ、俺はベッドに腰掛ける。


「アゼルに重要な話をしないといけないの。もう気づいてると思うけど——」


「……魔力の浄化か」



 クレアが首肯する。


「私のその能力は生まれつきなの。自分で制御もできないし、浄化したことを知覚できない。でも実は……一つだけこの能力を無効化する方法がある。知りたい?」



 クレアは僕の右隣に座り直す。


 太ももの上で組んでいた手の上に左手を優しく添えてくる。


「……別にいいよ。わざわざ聞くってことは、おいそれとは実行できないんだろ。俺は魔力が制限されていても戦える」


 邪神の結界がある限り、俺は如何なる状況でも勇者以外に殺されることはない。

 あの剣士の技は例外だが……



 それに昨日一緒に過ごして気づいた。

 周囲の魔力の浄化と言っても、個々人の体内を流れる魔力にまでは殆ど影響しない。


 普通魔法は体内で練った魔力を放出して体外でその現象を構築する。

 クレアの影響下では俺ですら攻撃魔法は満足に撃てないが、身体の表層で防御魔法を展開したり、武器に魔力を込めたりする分には問題ない。


「そっか……じゃあ、必要に迫られたとき、また話すね。朝食をとったらいよいよ、長い長い旅の出発だ」


 俺に食堂の場所を教え部屋を出ていった。


 足音が薄れるのにつれて魔力の湧きが増す。


 はぁ、と溜め息を吐く。

 別に俺にデメリットがあるわけではないのだから、無効化の方法ぐらいは聞けばよかった。

 クレアの手前、なんでか意味もなく強がってしまった。



 食堂に向かうと、大聖堂に仕える聖職者たちが長いテーブルに並んで朝食を食べていた。


 一応、クレアの隣の席に座る。

 無論、邪神の気配を消してもらうためだ。

 他意はない。


「私、今まで仲間と旅に出たことがないんだ。勇者になってからは、ずっと聖都に閉じ籠ってた」


 少女の上擦った声。

 手に持ったスプーンの光沢を閃かせながら眺めている。


「……仲間の魔力を消してしまうからか?」


「それもあるけど、多分ほんとは……怖かったんだと思う。目の前で仲間を失うのが」


 魔王を撃ち倒す唯一の力を持つ少女が、仲間の命を案ずる。

 邪悪を前に自分以外の仲間が膝を突いたとしても、立ち向かう使命を背負う少女。


 彼女は幸運だ。

 その業に痛嘆する必要はない。


 (カルマ)は全て俺が背負う。


 人も、魔族も。

 勇者という柵すら。

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