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第四話:堕落の堕落

「そう、よろしくねアゼル。もう元気みたいだけど……念のため聖女様に診てもらった方がいいわ」


 勇者クレアが目線を遠くに映す。


 振り返ると二人の男性が担架を持って走ってきていた。



 聖女……恐らく先代勇者パーティの僧侶だな。


 クレアだけなら俺の正体を見破られることはないだろうが、高レベルの僧侶は危険だ。


 元パーティメンバーであるガロルド・ペンジャーが消えたことと、爆心地に俺が倒れていたことから俺が魔王だと結論づけるのも時間の問題だろう。


 しかしなんの準備も無しに魔力抜きで現勇者を相手取るのは避けたい。

 かと言ってこいつらの前で不自然な断り方をするのもまずい。



 ……まあ、なんとかなるか。


 聖女一人なら殺せる。

 クレアがいれば魔王の気配を消せる。


「……わかった。連れてってくれ」





 俺の右手を優しく掴み、大聖堂の一室に連れて行くクレア。

 その真っ白で傷一つない綺麗な腕からは想像できないくらい、手の平は暖かく、そして俺の手と同じ位置にたこができている。



 ……連れてってくれ、というのはそういう意味じゃないんだが。


「な、なあ。なんで俺たち手を繋いでるんだ?」


「えっ!? あっえっと……ご、ごめんごめん。ちょっと無意識で……」


 指摘されると紅潮した顔を僅かに逸らし、視線を泳がしながら掴んでいた手を離した。

 離した左手で顔の下半分を覆っている。


 変な勇者だ。

 ちょっと手を繋いだぐらいでそんなに取り乱して……




 ……クレアの手、暖かかったな


 神妙な顔で右手を開閉させる俺に、クレアは言い訳するように言葉を紡ぐ。


「……わ、私、実は歳が近い友達とか居たことなくて……その……イヤ、だった?」


 立ち止まり、胸の前で指を突き合わせてもじもじする勇者。

 少し俯いたまま上目遣いでこちらを覗いている。


 銀色に輝く前髪がふわりと隠すその奥には丸く磨かれた紅玉(カーバンクル)のような瞳が——




 ……あ、あれ? なんだこの胸の奥が騒めく感じ……


 ま、まあ、別に問題はない。


 クレアとは暫く仲良しごっこしといて、隙を見てころ……倒す。

 今はまだこのままでいい。


 仕方なく友好的な答えをする。


「べ、別に嫌なんかじゃないけど……」


「そっか……じゃ、手繋いで歩こ?」


 クレアが女神のような微笑みで左手を差し出す。


 今までに他人から向けられてきた手の中で、唯一俺を求めてくれる救いの手。



 俺はその手を……とってしまった。


 もう離れることのなきよう無意識の片隅で祈りながら。





 聖女エリス・マーガレット。

 女神の加護こそ持たないが、他の人間とは決定的に異なる神性を持つ。


 彼女は夢の中で女神フィル・ナプラムの神託を授けられ、勇者が待ち受ける困難を正しく導くという天命が与えられている。



 聖女エリスは果たして現勇者クレアを導く神託を聞くことはあるのだろうか。


 そしてその神託に俺の正体は含まれているのか。


 わからないことだらけだが、これだけは間違いなく言える。


 その神託は決して絶対ではないし、全ての悲劇を防いでくれるわけでもない。


 現に剣士ガロルドは俺に自爆魔法を使用して死亡。

 結局俺は生き長らえている。



 大聖堂の最奥の部屋。

 そこに聖女エリスは佇んでいた。


 真っ白なヴェール。

 神聖さを感じさせる淡い青色の髪と虹彩。


 身長はクレアよりも低いが、魔王の俺に対して彼女ほど激烈な威圧感を与える人間はいない。

 その身体からは加護などより遥かに高次元で、ダイレクトな女神の気配を感じる。


 聖女エリスはその身自体が、現世に降りることのできない女神のための器なのだ。


 彼女が前勇者ライトと共に旅に出たのはたった12歳のとき。

 その出自は彼女自身を含めて誰も知らない。


 その名前は、生まれたばかりの赤子であった彼女を、何処かから見つけてきた当時の勇者が付けたものだ。


 結局、その勇者は単身で魔王に挑み敗れた。



 彼女の祈りは誰より強く女神の奇跡を呼び起こす。


 女神の加護を持つ勇者すら遥かに凌いで。



「エリス様。ただいま戻りました」


 エリスは読んでいた本を閉じ静かに立ち上がる。


「お帰りなさい。クレア。ガロルドは見つかりましたか?」


「それが……自爆魔法(マータダム)が使用された爆心地に、彼が意識を失って倒れていて……」


 ちょ、そんなド直球に説明したらすぐバレちゃうんだがッ!


 顔が強張り、頰が引きつるのを頑張って抑える。


 聖女がその天空のように透き通った碧眼を向けてくる。


 すぐそんな訳ないと一蹴したが、その眼は女神の名の下俺の何もかもを見通しているかのように感じられた。


「……なるほど……彼の名はなんと?」


 クレアが肘で俺の肘を叩く。



「……アゼル」


「アゼル君。一目見てわかります。貴方は相当強い」



 鋭い目線を向けてくる。



 …………殺すべきか……?


 固唾を呑み、次の言葉を待つ。



「そこで、折り入って頼みがあります。どうか——どうか、クレアと魔王討伐の旅に同行して頂きたい」


「……は?」


 呆気に取られる。

 なんだこの展開。


 指先が震える俺の右手を、両手で握り持ち上げたクレアが嬉々として言う。


「それナイスなアイデアねっ! アゼル、私と魔王を撃ち倒しましょう?」


 クレアの双眸は太陽よりも煌々として俺を見つめる。

 てか、顔近っ!


 い、いやいや。

 魔王討伐もなにも、今目の前にいる俺が魔王なんだが。



 エリスに目線を投げる。

 貼り付けたように浮かべた微笑。


 クレアに視線を戻すが、その煌めきは変わっていない。


「な、仲間は……俺とクレアだけ?」


「はい。勿論、必要とあらば旅の途中で仲間を見つけるのも良いでしょう」


 ふ、二人きり……。


 クレアの握る手が強くなる。

 目をくりくりさせている。



 聖女がいないなら俺が魔王だとバレることはない……一緒に旅をすれば一方的に隙を見つけ出せる……


 クレアの目をチラリと見る。

 眩しすぎてすぐ逸らす。



「お願い、アゼル。私には……君しかいないの」


 目を伏せ、視線を左右に揺らすクレア。

 トドメに恥じらいを隠すような、幼気な流し目。





 俺は負けた。

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