第二話:最強の戦士
剣士ガロルド・ペンジャーの繰り出した秘奥を目の当たりにし、思わず詠嘆する。
「剣士ガロルドよ……お前は強い。恐らく……現勇者よりも」
俺の邪神の結界すら破るであろう奇跡の剣を上段に構える世界最強の戦士は、愚かしくも世界最強の生物である俺の賛辞に耳も傾けない。
「だが同時に憐憫で仕方がない。その剣は……歴代の魔王の中で、唯一俺にだけは意味がない」
ガロルドは何も抵抗しようとしない俺を見て、音速を超越した速度で宝剣を振り下ろす。
瞬間、俺の正面に幾重もの『防御魔法』を発動する。
『浄邪聖剣』の圧倒的な魔力質量に表層の防御魔法が歪曲し破壊されるが、破壊される防御魔法より新たに構築する防御魔法の方が勝る。
淡いピンク色の分厚い『壁』越しに、今まで防がれたことのないであろう必殺の剣技を易々と受け止める俺をその藍の双眸で睨みつけてくる。
「今まで戦った敵に女神の祝福たる防御魔法を使用してきたやつはいるか?」
魔族の中にも防御魔法を含む神聖魔法に似た術を操る者がいるが、それらは人間の聖職者が女神フィル・ナプラムより賜る奇跡を以て体現する神聖魔法とは似て非なるもの。
魔族が張った防御障壁は根本的に邪の魔力で構成される。
ガロルドの放つ『浄邪聖剣』は闇を、邪悪を禊ぎ払う神聖な魔力を持ち、それでいて邪に融け合いその内側から浄化する。
故に魔王の持つ邪神の結界すら貫通する。
しかし、俺が使う防御魔法は正真正銘女神の奇跡を借りた聖の属性。
対立する聖と聖は強烈に反発する。
無言で防御魔法を叩き潰さんとするガロルドに、ジリジリと歩みを進めながら飄々とした顔で呟く。
「お前の剣は俺に届かない。聖なる剣は防御魔法に弾かれ、それ以外は邪神の結界を貫通できない。お前は……勇者にはなれない」
俺に極限まで接近を許したガロルドの膝下にローキックをブチ込み、すかさず鳩尾にアッパーカットを入れる。
が、その衝撃をいなしながら後退される。
ガロルドは高速で俺の背後に回り込もうとする。
それを視線ですら追わない。
見ていなくとも、気配で全てわかってしまう。
背後からの逆袈裟斬りに、やはり防御魔法で対応する。
そもそも並の攻撃では俺の防御魔法を破壊することはできない。
防御魔法に精通した聖職者を何人も我が血肉に変えてきた。
ステップバックしたガロルドに、上半身を捻って愉悦と狂気を張り付けた顔を向ける。
正義への対立を演出する。
「ガロルド。貴様のレベルは幾つだ?」
「……86だ」
ガロルドは剣を横一文字に構え、答える。
レベル86。
魔王討伐直後の先代勇者のレベルは84であったはずだから、それを上回る数字だ。
現存する人族でレベルが86に達している者はどれほどいるのだろうか。
歴史的に見ても、魔王を討伐したことのある勇者でさえそこまで到達した者は少ない。
先代勇者が魔王の遺した呪いにより床に臥してから、こいつがその勇者に代わり女神に仇なす魔族を殺し続けたのだろう。
そうでもなければ女神の加護を持たない35歳の人間がレベル86に到達することなどあり得ない。
瞠目したフリをする。
「86……ククッ、間違いなく俺が相対した者の中で最高だ。冥土の土産に教えてやる。俺のレベルは——28だ」
「28……? 嘘も大概にしろ。そんなレベルじゃ——下級魔族にも敵わない」
ガロルドは飛び掛かり首を横一文字に斬りつける……と見せかけて剣先を翻し真正面への突きを繰り出す。
それすら見切りあえて局所的に最小限の防御魔法を展開する。
障壁はギチギチと歪み、剣先がそれに僅かに沈み込む。
障壁の表層を解除し、その奥に剣先に対してやや傾けた障壁を張り直す。
剣先はその向かう方向が逸れ、ガロルドが右足を前に踏み込んだ瞬間に無防備な右脇腹目掛け膝を入れる。
お互いまともな防具は着ていない。
食い込む感触。
ガロルドが一歩後退すると右脇腹を庇うように一瞬左によろめくが即座に立て直す。
「嘘ではない。俺は邪神の寵愛により食した人間の能力を獲得する」
「……クズめ」
吐き捨て、片手で扱うには長いその宝剣を右手で握り上段突きの構え。
これで決めきると言わんばかりに大量の聖なる魔力を解放。
刹那、紫電一閃。
心臓を狙った一突きに何度目かもわからない防御魔法を展開する。
しかし、突きが防御に接触する直前にその漲る聖なる魔力が消失し、破壊を至上命題とし質量ばかり追求させた魔力が剣先に収束する。
それが防御魔法に触れると障壁がパリンと砕破した。
……甘いな。
すかさず胸部周辺に防御魔法を敷き直す。
目的はわかっている。
魔力の質を二連続で入れ替え俺の二重の守りを突破する。
だが、そうはいかない。
俺の肌の表面、邪神の結界の適応範囲のギリギリに防御魔法を重ね合わせる。
再び聖なる魔力の込められた切先が心臓部に突きつけられ、止まる。胸部周辺の服が消滅する。
——なるほど。
下腹部を貫く聖剣と化した左腕。
剣は端からそれを隠すためのフェイク。
甘く見ていた。
こいつはただ強いだけじゃない。ただレベルが高いだけじゃない。
目の前の顔の口角が上がる。
俺よりよっぽど狂っている。
生命エネルギーが全て一点に集約する。
レベル86が生み出したこの世の特異点。
闇と光が混在する。濁流がなにもかも呑み込む。
『自爆魔法』
使用した人間は消滅し、その周囲を吹き飛ばす。
†
——濃い勇者の存在感。
意識はないが、肉体が反応している。
起きろ。逃げろ。
慈愛の奇跡に包まれる感触。翠の光。
意識が覚醒する。
「——は?」
目の前には麗しき勇者がいた。
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