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第一話:勇者の血

 俺は新しい勇者の居場所を知らない……が、可能性の高い場所の予想ぐらいは難しくない。



 聖都ベラミア。

 俺が滞在するファーガン王国の首都。


 新たな勇者がファーガン王国に滞在している可能性はそこまで高い訳ではないが、もし仮にファーガン王国に居るのならまぁ間違いなく聖都ベラミアだろう。


 勇者の血は遺伝する。


 勿論勇者は同時に二人以上存在できないが、現存する勇者が死んだとき次の女神の加護は勇者の血を持つ者に授けられる可能性が高い。


 歴代勇者の血筋は幾つか存続している。


 先代勇者は魔王の呪いにより子孫を残せなかったが、歴代最強との呼び声が高い勇者——プレノミスの血統である。


 そしてその血を引く者は先代勇者以外にも何人か実存する。



 先代勇者ライト・プレノミス。

 強力な三人の仲間を引き連れ十年間に及ぶ旅の末、魔王デガンドを撃ち破った。


 今から二年前の話だ。

 勇者ライト・プレノミスは聖都ベラミアの地に続くプレノミスの血族で、その仲間を集めるのも旅立ちの地も、彼の出身地である聖都ベラミアであったと英雄譚では語られる。



 もしも次の勇者もプレノミスの血統から選ばれるのならば、そして未だ旅に出ず一処に留まっているのならば、聖都ベラミアの……恐らく大聖堂に居る。


 与えられた邪神の寵愛の力で、近くに勇者の血族がいれば知覚できる。

 現勇者であるなら尚更。


 聖都ベラミアの陰に潜み、勇者を探す。

 これが今俺のやるべきこと。


 俺の葛藤など、仮初の正義が振り翳す破邪の刃の前には無意味だ。







 背に乗って移動できる魔物を、服従させては乗り捨てるのを中継都市に着く度に繰り返して、漸く聖都ベラミアに辿り着いた。



 できるだけ気配を消して大聖堂に侵入する。


 俺が勇者を感知できるように、向こうも邪神の加護を持つ俺を察知してもおかしくない。


 今までに殺した聖職者の装備の中から一番無難なものを身につけ、十字架をあしらった首飾りと耳飾りを装着した。


 これで現勇者を除けば俺を魔王だと気づく人間はいない。


 大きな祭壇と、その後ろに聳える女神フィル・ナプラムを象った偶像。

 それに向かって祈祷を捧げる聖職者や市民たち。


 遥か高くのドーム型の天井には宗教的な意味が刻まれているのだろうステンドグラスが嵌められて、陽光を大聖堂内部に取り入れている。



 怪しまれぬ程度に内部を散策すると、勇者の気配の残痕を微かに感じるものの肝心の本体は察知できなかった。


 間違いなくこの一ヶ月の間に勇者はこの大聖堂を訪れた。

 問題はまだ勇者が聖都ベラミアに滞在しているかどうかだが……


 大聖堂を出て街の郊外にあるスラム街——どちらかと言えばゴーストタウンが近いだろうか——に向かう。


 暫く……二週間程度はこの聖都に滞在して様子を窺う。


 勇者が現れたらそれでいいし、現れなくとも勇者の動向を知る人物を尋問できればそれで構わない。



 スラム街の中でも貧困者が住み着いていなそうな廃墟を選んで中に入る。

 今日から二週間前後はここで暮らすことになるだろう。


 廃墟の一階にあった小汚い椅子に腰を下ろし大きな鞄をその辺の床に置く。


 するとその時、この建物の既に崩れている玄関の方から荒々しい声を投げ掛けられた。


 もしかしてここに住み着いていた浮浪者だろうか。

 浮浪者なら抹殺しても問題ない。潔くここを手放しておけば命だけは助かったものを……



 そう考えながら玄関に立つ人影の方を見遣ると、そこには筋骨隆々で精悍な顔つきをした一人の男性。


 短く切り揃えられた金髪に、俺の正体を見通すかのような深い藍色の虹彩。

 二メートル近くある体躯に立派な髭を蓄えたその姿は一目で熟練の剣士を思わせる。


 仮に俺が寝てたとしても感知できるような、その身から溢れ出す存在感は先程までは感じ取れなかった。


 なるほど。

 理由はわからないが、俺が邪なるものだと察知してここまで尾行したという訳か。


 俺の探知能力を掻い潜る程気配の隠匿に長けているということは、まず間違いなく只者ではないな。


 それに……こいつ自体からは勇者の血特有の気配こそ感じないが、なぜかあからさまに勇者の匂いを身に纏っている。



 男が腰に吊り下げた剣を鞘から抜くと、その剣身は紫電の如き光を閃かせる。

 剣に視線を移し、そこでようやくその剣と目の前の男の正体に気づいた。


 宝剣カレドヴルグ。

 ファーガン王国の軍事力を支える優秀な剣士を輩出し続けてきた武家の当主に代々継承されるという神話級の武具だ。

 その切れ味は先代勇者が扱った聖剣に勝るとも劣らない。


「……ククッ……クククククククアハハハハハハハハハッ!!! …………そうか。貴様——前代勇者パーティの剣士、ガロルドかッ!」


 意識的に猟奇的な嗤い声を上げる。


 この剣士が俺に望む悪を演出する。


 俺はこいつらの前で……終焉を望む愚者を演じることを許されていない。

 俺は、この終わりなき正義に対して、悪という鏡——あるいはドッペルゲンガーを用意しなければならない。


 魔王は……負ける。


 魔王がその天命を全うすることはない。

 如何に強大な力を得て、広大な土地をその手中に収めようと、いずれ必ずその天地を揺るがすような力さえも超越する勇者が現れる。


 歴代の魔王で勇者によって撃ち倒されなかった者は存在しない。



 剣士ガロルド・ペンジャー。

 先代勇者とともに先代魔王を討伐した三人の仲間の一人。


 莫大な魔力を乗せた斬撃の先端速度は音速を遥かに超え、女神の加護がなくとも先代魔王の腕を邪神の結界ごと切り落としたと言われる正真正銘の怪物。


 先代勇者亡き今、世界で最も勇敢で強い戦士を選ぶならこいつということになるだろう。



 椅子から徐に立ち上がり無防備に近づく。

 その百戦錬磨の剣士は俺がなんら武器を身につけていないことに眉を顰める。


「ガロルド、どうしてわかった。どうして——勇者の血を持たぬ貴様が、俺の持つ邪神の寵愛に気づいた?」


 目の前の剣士は俺の身長程ある剣を抜き正眼に構える。


 なにも得物を持たず警戒すらしていない俺とは対照的に、ガロルドは一瞬の隙も見せず、しかし怒りで震えた声で呟く。


「お前が今身に着けているその銀の首飾り……それは俺の妹が愛用していた物だ……ッ」


 首から垂れ下げた銀製の十字架を持ち上げて確認すると、その裏側には『リリア・ペンジャー』と彫られている。


 この首飾りが誰の所有だったかなどは一々覚えてなどいないが、目の前の男の金髪と青の瞳には見覚えがある。


 俺がついこの間拷問した祓魔師(エクソシスト)


 俺の中にある何かの因果が結ばれる。


「なるほど……なるほどなァ…………お前の親愛なるエクソシストは……俺が持つ邪神の寵愛の力の一部を授かることを渇望し、与えられた絶大な闇にその身が絶えきれず呑み込まれたんだよッ! 偽りの信仰を蹴り捨ててなァッ!」


 俺の言葉に一瞬その濁りなき剣身が揺れる。

 が、すぐさまその困惑を切り捨てて、その男が叫ぶ。


「黙れえぇぇぇええいゃああッ!!! 貴様の様な魔の者の戯言などッ! 我が剣でその呪われた命ごと叩き切ってくれるわッッッ!」


 眼を血走らせた男は全身に魔力を漲らせ、振り上げた剣に魔力を収斂させる。


 一メートル以上ある剣身は強大な魔力の集積の具現として、使い手が望む全てを切り裂くためのイメージが投影される。


 魔力が渦巻く刃はその魔力の質量をもって何もかもを呑み込むようであり、しかし同時にあらゆる神聖な光を解き放つかの如く煌々と輝く。


 それこそが邪神の結界をも打ち砕く聖なる刃——『浄邪聖剣(ディヴァイン・エッジ)』。


 女神の加護を持たぬ剣士が巨悪に立ち向かうため編み出した秘奥。


 実物を見て確信した。


 こいつは間違いなくこの世界で最強の戦士だ。


 女神に選ばれずとも、魔王に抗う術を持つ者。


 邪神の寵愛を受けたばかりの魔王であれば単騎でその首を落とすことさえあり得るだろう——その魔王が魔族であるならば、だが。

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