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Epilogue:代役

 クレアは奥歯を噛み締めて、聖剣テュラントを横一文字に構える。


 果たして、俺の邪気に触れたクレアの眼には、一体なにが映っているのだろうか。

 あるいは、視えてもいないのに俺の『邪神の寵愛』を斬ろうとでもいうのか。


 レオニスの方をチラリと見ると、彼は邪魔をするでもなく床に尻をついて、ただ呆然とクレアを眺めている。



 わざとらしく、短い溜め息を吐く。


「——クレア、中途半端は困るぜ?」


 クレアは何も応えない。

 その双眸は特別何かを観ている訳ではないが、間違いなく俺に根付く邪悪を捉えている。



 クレアが聖剣に魔力を集中する。


——膨大な魔力だ。俺が保有している総魔力量の何倍か、という次元の。

 そのすらっとした身体の、一体どこにこんな量の魔力を隠してたんだか。



 聖剣が纏った魔力は、暫く淡い緋色の光を放っている。

 が、やがて魔力同士が共鳴し、安定構造を取ったかのように発光が落ち着き、剣が纏う魔力の対流も凪のように穏やかだ。


 表面上はこれ以上なく静謐な様子だが、紛れもなくその剣身には超越的な魔力の質量が宿っている。



 俺はゆっくりと瞼を閉じて、全身の力を抜く。




——クレアが、俺の心臓の高さを聖剣で斬り払った。








 身体を包む邪神の結界が砕け、俺の魔力に溶け込む邪気とともに浄化した。


 ……上手くいったのか。


 恐る恐る眼を開く。


「——クレア……?」


 そこには、胸を押さえて仰向けに倒れ込むクレアがいた。


 力尽くで鉄製の拘束具を引きちぎり、クレアのもとに駆け寄る。


「……辛うじて意識はある。呼吸はかなり乱れているが……」


 回復魔法(ヒール)を連続で使用するが、効果はない。


「クソッ! まさか俺の回復魔法の効力が弱体化したのかッ!?」


 手当たり次第、全身に回復魔法を掛けていると、クレアの手の甲に奇妙な黒い痣ができているのに気がついた。


 すると、いつ近寄ってきたのか、レオニスが横から喋り出す。


「これは……先代勇者ライト・プレノミスに掛けられた呪いに似ているな。……恐らく、お前から邪神の寵愛を打ち払う際に漏れ出した邪気の一部が、彼女に呪いとして降り掛かってしまったのだろう」


 レオニスの言葉に、俺の顔から血の気が引いていくのを感じる。


「……呪い……呪い……って、俺クレアのこと呪ったりなんかしてないッ!! 俺は……俺は、どうすれば…………」


 俺の叫びに反応したのか、クレアが薄目を開けて震える右手を俺に伸ばす。

 その手を両手で包み込むと、クレアは微かに微笑んで、弱々しい声で囁く。


「……これ……で……いい、の…………さ、早く……次の勇者を…………」


「馬鹿言うなッ!! クレアッ!! それってつまりッ…………お前を殺せってことかよッ!!!」


 荒ぶる俺の肩を、レオニスが制止する。


「よせ…………ひとまず、聖女エリスに診てもらおう。まだ彼女のものを呪いだと断定した訳ではない……確か、勇者ライトの最期も聖女エリスが看取ったと聞く」



 クレアの手を握る。その手は、以前と変わらず暖かかった。











 城塞都市グランツにある教会の一室。

 あれからたった四日でエリス・マーガレットはグランツまで来訪してくれた。



 エリスが言うには、クレアを蝕んでいるものは呪いではなく、俺から邪神の寵愛を無理矢理斬り離した代償のようなものらしい。

 そして、その代償の具体的な解消方法はわかっていない。


 簡素な椅子に座って、教会の来賓用のベッドに横たわるクレアを見つめる。

 寝ているようだが、ずっと悪夢にうなされているような顔をしている。


 暫くクレアを見つめていると、部屋の扉を叩く音が響いた。

 俺が迎えるまでもなく、その扉が開かれる。


「よう、おと……アゼル。なにか変わったことはあるか?」


 レオニスがうっすら心配そうな顔をして俺に呼びかける。

 そしてその横には、聖女エリスも立っている。


「……いや、今も苦しそうに眠っている」


 そうか、と相槌を打って、レオニスは部屋の隅に置かれた椅子を俺の隣に移動させてエリスを座らせた。レオニスは立ちっぱなし。


 レオニスは背教団体の指導者で、本来国に突き出せば即刻死刑のはずだったが、クレアの件でそれどころではなくなってしまった。


 エリスがレオニスに軽く感謝を述べて、ゆっくりと俺に視線を移し、喋り出す。


「昨夜、神託を聞きました。——クレアの治癒方法についてです」


 眼を丸くさせてエリスを見つめる。

 数度瞬きして、口を開く。


「…………あるんだな……? 治療法……」


「ええ……ただし、あまり具体的なものではありません」


 息を呑む。一瞬レオニスに眼を向けて、エリスの青い双眸に戻す。



「その神託とは——アゼル君。君がクレアに代わり、新たな魔王を討つことです」


 空気が固まる。


 ……俺が……新たな魔王を……?

 いやいや、俺はもはや魔王の力を持たないし、まして勇者の持つ破邪の意思すらない。


「……は? ……いや、無理だ。今までに勇者抜きで魔王を討伐した事例はない」


「……やるしかないのです。アゼル君。クレアを——助けたいのでしょう?」


 エリスの瞳孔の奥を見通す。

 計略はない。恐らくエリスも、この状況は予想していなかったのだろう。


 組んだ手を強く握り締める。


「…………ああ」


「……既に、魔族の動向には変化が見られます。……恐らく後一ヶ月以内に、新たな魔王も名乗りを上げるはずです。それまでに、アゼル君も魔王討伐の旅の準備を整え直してください」

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