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第十二話:覚悟

 魔剣をいなしたレオニスは、秘剣を翻して俺の頭部目掛けて突きを繰り出す。


 それを飛び退って躱す。

 剣を見切っているのはこちらも同じ事。


「レオニス、悪いことは言わない。さっさと投降しろ。お前じゃ俺に敵わない」


「ククッ、軽口が好きなのは変わらないな、愚弟よ。兄に敵う弟などいないッ!」


 レオニスは秘剣に魔力を集中し、剣身の内部のみにその雷を密集させる。

 ……魔力浄化の性質は向こうも理解しているようだな。



 刹那。紫の閃光だけを残し、一瞬で俺に接近して頸動脈を狙った袈裟斬りを放ってくる。

 が、その剣先を魔力すら込めていない左手で掴む。


 手と剣の接触部は、邪神の結界と雷魔法の衝突で黒紫の火花が飛散する。


 レオニスが顔をあからさまに歪める。


「……なんだとッ!? ……そうか——邪神の結界ッ! 邪神アビス・ヘルザムに魔王として祝福されたのは……お前だったのかッ!」


 レオニスが魔力を極限まで練り出し、電撃を増幅させる秘剣の先端に紫電を濃縮する。


 その一部は邪神の結界を貫通し、俺の左腕を僅かに痺れさせる。

 その威力は、二年前俺を魔族から庇ってくれた時より遥かに増加している。


 俺が見ていない二年の間、ただ下らない見果てぬ夢に現を抜かしていたという訳でもないようだな。


「邪神の結界を貫通するほどの魔力……もしもクレアがいなければ……一年前、女神の加護を賜るのは——レオニス・アークライト、お前だったかもな」


 レオニス・アークライトは、決して勇者候補の中でも劣っていなかった。


 十二年前、ライト・プレノミスがいなければ。

 そして一年前、怪物的な才を持つクレア・プレノミスがいなければ。


 今頃世界を魔の手から救う為魔王と立ち向かっていたのは、レオニス・アークライトだったかもしれない。


 だが、それももう過ぎた話。

 現に今の勇者はクレア、魔王は俺。

 勇者の血を持つレオニスは邪神による救済に魅せられた愚者に堕ちた。



 掴んだ剣先から、レオニスの電力を凌駕する雷魔法を流し込む。


——秘剣レグナシアは使い手の雷魔法の威力を増幅する特殊効果を持つ。

 ならば、その『使い手』とは、一体なにを以て判断されるか。


 魔王として、俺が保有する莫大な魔力。

 それが超高電圧の紫電と化して秘剣レグナシアに流れ込む。

 秘剣レグナシアはより甚大な魔力量を誇る俺の雷魔法を増幅し、レオニスを感電させる。


「……雷魔法を得意とする術師は、雷魔法にある程度耐性を持っていることが多い。しかもお前を流れた電撃は、偶然心臓を避けて地面に流れ出たらしい」


 レオニスが秘剣を持つ右手は、既に俺の雷魔法で黒焦げになっている。

 こいつからまだ生体反応が残っているのは、まさに奇跡だ。


 自重を支えられなくなったレオニスが床に倒れ伏す。


「……偶然? 小賢しい猿芝居だ。弟よ、お前には俺を殺すことはできない。魔王であるお前が、その勇者に惚れ込んでいるのがその証拠だ」


 レオニスの顔のすぐ右の床に魔剣を突き刺す。


「俺は勇者を殺すことを望んでいる。そしてこの手で、人間も魔族も、全て滅ぼす」


 熱で爛れた顔で、無理矢理嘲笑を浮かべるレオニス。


「……まだわからないのか? お前の言う、全ての楔を断ち切る為の最善手が、邪神アビス・ヘルザムの降臨なんだよッ!!!」


 その瞬間、頭に強烈な電流が走る。


 実際に雷魔法を撃たれた訳ではない。

 痛恨のインスピレーションが頭に浮かぶ。




「レオニス。勇者の代わりに——俺の身体に、邪神を憑依させることはできるか?」


 レオニスが呆気に取られた顔をするが、じきに俺の真意を理解したようだ。


「……本気か? ほぼ100%、お前の肉体と精神は邪神に完全に乗っ取られ、お前が制御することはできなくなるッ!!」



 俺の身体に邪神を憑依させ、破邪の意志を持つクレアが俺を殺せば、俺の身に宿った邪神も共に消滅する。


 邪神が消滅すれば、魔王は俺を最後に新しく誕生することはない。

 勇者がその後も選ばれ続けるかは知らないが、魔王がいなければ勇者という柵の機能は消滅する。


 なんの柵も持たない幸福な人族と魔性でない生物のみが生存する理想郷が生まれる。


「必ず、俺が邪神から身体の支配権を奪う。そして、クレアに無抵抗のまま殺される。それで人族側の全てが救済される」


 俺の真剣な眼差しに、レオニスが息を呑む。


「念のため俺を拘束し、クレアを起こせ。クレアの魔力浄化の影響下では、仮に俺が暴走しても大した被害にはならない。それに、邪神が顕現したらしたで、カルヴァドル教団の思惑通りだろ?」









「あ、あれ? 私、宿屋のベッドで……」



 クレアが目を覚ますと、目前には鉄製の拘束具で厳重に縛り付けられたアゼルがいた。

 しかも、その隣には顔こそ似ていないがアゼルと同じ黒髪黒目の青年が、なにやら大掛かりな儀式を行っている。



「……起きたか、クレア。お前には、謝罪しなければならないことと、俺からの最後の頼みがある」

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