第十話:再開
城塞都市グランツ。
その分厚く頑丈な城壁は、その土地がファーガン王国における魔族侵攻の防衛ラインだからである。
グランツから北上しファーガン王国の国境を越えると、四年前魔族の侵攻によって滅ぼされたサヴァール共和国という小国がある。
前代魔王が討伐され新たな魔王が名乗りを上げない今、魔族の残党は統率を失ってはいるが、この二年間に魔族によって壊滅した地域は少なくない。
「ここのボルシチ、野菜がすっごく甘くて美味しい! アゼル、よくこのお店知ってたわね。グランツには何回か来てるの?」
クレアが熱々の赤いスープを掬うと、それを何回かフーフーして冷ましてから口に運ぶ。
「グランツには……二年間ぐらい住んでたんだ。俺もこのレストランには結構来てたからさ。……クレアには食べて欲しかった」
へーっと相槌を打ちながらもクレアの食べる手は止まらない。
ま、気に入ってくれたなら良かった。
「今日はもう遅いから、宿を取って翌朝領主に話を聞きに行こう」
クレアはごろっとした牛肉を噛み締めながら頷いた。
†
夜中、物音がして目が覚めた。
隣の部屋……クレアが泊まっている部屋からだ。
まだ起きてるのか……?
クレアの部屋を確認すべきだろうか。
でも、もし俺の気のせいだったら寝てるクレアを起こすのは可哀想か?
暫く考えて、一応魔剣を携帯し廊下に出てクレアの部屋の扉を確認すると、
「鍵が壊されてるッ……しかも、クレアの魔力の浄化もほとんどない……まさかッ!」
クレアの部屋に入ると、そこには誰もおらず、部屋は荒らされていた。
「魔導具を使用した魔力の残穢……催眠魔法かッ」
クレアが攫われた……誰に……?
いや、考えるのは後だ。
まだ魔力浄化の効果が残っているということは、そう遠くには行っていない。
窓を蹴り破って外に出る。
視界の端に銀髪の少女を抱えて走る、黒いフードを被った人間を捉えた。
即座に追いかけるが、途中で同じく黒いフードを深く被り仮面で顔を隠した奴らに囲まれた。
剣持ちが六人、杖持ちが四人。
「お前ら……カルヴァドル教団だなッ!」
正面に立っている一人に殺気を込めて睨みつける。
そいつは一歩後退るが、何も答えずすぐに全員が襲いかかってくる。
十人全員を尋問する時間はないな……
攻撃を躱し、一人の剣使いを拘束してその首筋に魔剣をあてがう。
「おい、お前らの中で一番偉い奴を教えろ。そいつと、真っ先に教えてくれた奴は殺さないでやる」
すると、拘束していた男が答える。
「……俺だ。俺のことは好きにしていい。だからこいつらは——」
ニヤリと笑って、魔剣を横薙ぎに振るう。
紫電を纏った円形波が周囲に広がり、少し遅れて残り九人が胸部辺りから上の部分が溢れ落ちる。
——なんだ、俺もやればできるじゃん。
異様に血飛沫を上げている奴は心臓を斬られたのだろう。
それを見て一番偉いとかほざいていた男が悲鳴を漏らして脚をガタガタ震わせる。
「今から迅速に俺の質問に答えろ。言っておくが、俺は——拷問が得意だ」
あの男によると、襲ってきたのはカルヴァドル教団で間違いない。
そして、その本拠地がグランツ内の廃教会の下、地下聖堂にあるということも聞き出した。
万が一虚偽なら大幅な時間ロスとなるので、仕方なく下半身と両腕を切断した男に回復魔法を掛けて止血し、脇に抱えて持っていくことにした。
まぁ魔力が制限されていない状態の俺なら大した負担じゃない。
男を抱えたまま全力疾走で廃教会に向かう。
四年前魔族がグランツを襲った時に半壊し、建物自体は残っているが放棄されて新しく教会を建てたんだったか、確か。
男に地下聖堂への入り口を聞く。
モゴモゴ言ってて聞き取りづらい。
右腕ぐらいは残しておいて指差しで教えてもらうべきだったか?
男の視線の先も考慮して、「あの祭壇の下」と言ってるのだろう、多分。
白い石から切り出して作られたであろう祭壇。
恐らく祭壇を動かすギミックがあるのだろうが関係ない。
脚に魔力を込めて祭壇を蹴り飛ばす。
白い石が崩れた下には、一メートル四方ぐらいの縦穴があり縄梯子が掛かっている。
——勇者の気配……間違いない、ここだ。
梯子を使わず飛び降りる。
鉄扉を蹴破ると、貿易都市キラドにいた連中と同じ真っ黒なローブを着ている人間が密集している。
その場にいた全員を雷魔法の範囲攻撃で殺す。
その部屋のさらに奥、大きく邪神のイメージ像が描かれた大きな扉を開ける。
そこには怪しげな蝋燭が周囲に並び、銀色の触媒と鮮血で描かれた直径六メートルほどの魔法陣と、その中央に横たわり昏睡したクレア、そして——
「——レオニス兄さん……ッ」
俺の敬愛する義兄、レオニス・アークライトがいた。
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