4試合目:桃井ひかるもバグることがある
桃井ひかるは、自他共に認める“天才ジャーナリスト”である。
──少なくとも、本人はそう思っていた。
常盤西院高校に入学してまだ一ヶ月。ギャルっぽい見た目と裏腹に、彼女は校内新聞で連載している人気コーナー『あなたのこと、もっと知っていいですか?(略してあなこと)』で、女子たちから一目置かれる存在となっていた。
『あなこと』は、校内屈指の美男美女に根掘り葉掘り質問を浴びせ、その素顔に迫る企画だ。すでに彼女は氷の女王・門真京子を含め、4人の生徒にインタビューを成功させていた。
そんな中、耳に入った新たな噂──「2年にとんでもないイケメンが転入してきたらしい」。
この一報を聞いたひかるが、黙っていられるはずがない。
録音機とノートを手に、彼女はパソコン研究部へ乗り込んだ。
「八坂先輩! ぜひインタビューさせてくださーい!」
「え、ダメだけど?」
開口一番、明はまっすぐな目で答えた。あまりにも即答すぎて、ひかるの脳がフリーズする。
(──えっ?)
放課後の部室。京子がモニターに向かって暴言を吐き続ける中、ひかるはしばし呆然とする。
「えっ? 今なんとおっしゃいました?」
「だってナルシストっぽいじゃん。そんなのにホイホイ出るのって」
しかし彼女は“どんなシナリオでも切り抜ける”という謎の自信を持っていた。
「そんなことないですよ〜! だって門真先輩も出てくれたんですし!」
「私は女の子には優しいの。あなたが男子だったら秒で再起不能にしてたわよ」
「門真先輩、好き⋯⋯」
ひかるが頬に手を当て、惚れ惚れとした表情を浮かべる。彼女は、美しいものに弱い。
このインタビュー企画自体も、“美しい人と距離を縮めたい”という動機から始まった。ひかる自身も、可愛くなる努力も怠らない。さりげないメイク、話し方、ふんわり巻かれた桃色の髪──すべては「可愛い」を研究した成果だ。
そんな彼女が、明にもアプローチを開始する。
「ということで、可愛い後輩からのお願いです! ね?」
上目遣いで距離を詰めるひかる。
「でもなあ⋯⋯僕、ほんとに面白くないよ? インタビューしてもつまらないと思う」
目を逸らすことなく、真顔でそう返す明。
(⋯⋯なんだこいつ)
と心の中で盛大に舌打ちしながら、ひかるは奥の手を出す。
「そんなことないですって! 少なくとも私は、先輩のこと、もっと知りたいですし!」
「その男、やめときなさい。無味無臭の凡人だから」
「毒が強いなあ⋯」
京子の横槍に、明がジト目を向ける。
「そこまで言われるのも癪だし、やってみようかな。インタビュー」
(門真先輩ナイス!)
ひかるは内心でガッツポーズを決め、満面の笑みでノートと録音機をスタンバイ。
「じゃあ早速! 彼女はいますか?」
部室に静寂が落ちる。
「いないです」
明が答える。京子のキーボード音が再開する。
「タメ口でいいですよ〜。じゃあ⋯⋯タイプの女の子は?」
「優しい子かな」
「もう少し具体的に!」
「⋯⋯人に優しい子」
(つまんねえ⋯⋯)
そして地獄の30分が始まる。
「好きな芸能人は?」 「テレビを見ないからわからない」 「初恋は?」 「してない」 「理想のデートは?」 「わからない」
(私が質問が悪いの? いや、こいつがダメなんだよね?)
咳払いをして、にこっと笑う。
「もう少し、こう⋯⋯盛ってもらえると助かります!」
「頑張ってるんだけどなあ⋯⋯」
めげないひかるは、連打をかける。
「何フェチですか?」 「特にない」 「仲いい女子は?」 「いない」 「美人な先生は?」 「考えたことない」
(こいつ⋯⋯ガチでつまんねえ⋯⋯)
「どう? こんな感じでいい?」
明が質問地獄に疲れたような顔で聞く。
「全部ボツで」
「えっ」
「私の質問力が足りなかったです。やり直しましょう」
次の質問に移ろうとした瞬間。
「⋯⋯めんどくせぇな」
ボソッと明が呟いた。
空気が凍る。
その刹那、ひかるの中で何かが爆ぜた。
(エ⋯エッロ!)
ずっと飄々としていた男の、ふとした素の顔。 まるで計算され尽くした緩急のようだ。ひかるの中のスイッチが入ってしまった。
「あ、ごめん、今のは⋯⋯」
「いえ、謝らないでください。むしろ⋯⋯感謝します」
ひかるの目に、うっすらと涙が浮かぶ。そしてよだれもドクドクと口の中で溢れる。
「これは⋯⋯名作映画を初めて観たときの衝撃と同じです」
「いや、大丈夫? めっちゃよだれ出てるけど」
明が心配する中、ひかるは静かに宣言した。
「⋯⋯私、新聞部、辞めます」
「えっ!? なんで!?」
「⋯⋯この感覚を、文字で表現できないからです。ジャーナリスト失格です」
ドババ! とさらなる量のよだれが机に落ちた。
明がドン引き半分、心配半分で独り言を言う。
「やばいよ、お前⋯」
(お前もらったああああああ!)
よだれの勢いが増し、ナイアガラの滝のように机に打ち付ける。
ひかるはノートを抱え、京子の方へ向き直る。
「門真先輩、私をこの部に仮入部させてください」
「「⋯⋯え?」」
明と京子の声が重なる。
「ここにいれば、私はジャーナリストとして生まれ変われる気がするんです」
「ごめんなさい、話がつまらなすぎて途中から聞いていなかったんだけど、なにがあってその結論に達したの?」
「お疲れ様です! 脱水症状が怖いので、今日はこのまま帰ります!」
勢いの増すよだれ。
「⋯⋯あなた、それ水筒一本分くらい出てない?」
ひかるは京子の言葉が聞こえないのか、ほぼ白目を剥いた状態で踵びすを返し、よだれを撒き散らしながら部室を後にする。
残された京子と明は、銀色に光る机のよだれを見つめながら、ぼんやりと佇むしかなかった。
「⋯⋯僕の話、そんなに退屈だったのかな」
「あなたのせいで変なのが増えたわ。掃除しなさい」
京子が腕を組み、顎でよだれの水たまりを示す。
明が溜息をつきながら、雑巾を探しに席を立った。
本日の勝者(?)、新たな世界に足を踏み入れた桃井ひかる。
パソコン研究部、地味に波乱の予感である。
* * *
その週の校内新聞、ひかるのコーナーにて。
『今までの私は、美男美女を撮ればいい、質問を浴びせればいい。適当でも記事になるだろうと、どこかで慢心していた。
でも違った。
“ギャップ”という感情爆弾を、私は言語化できなかった。
魂が揺さぶられた。だけど、揺さぶられた“揺れ幅”を測る言葉が、私にはなかった。
それは、ジャーナリストとして致命的だ。
私はこの感情を、紙面じゃなくて、現場で掴まなきゃいけない──そう思った。
だから、私、桃井ひかるは、新聞部を退部します』
『桃井ひかるさん、今までありがとうございました。生徒会に何度も“ルッキズムを助長する”と言われてもこのコーナーを続けたあなたの反逆精神が恋しくなります。 新聞部部長より』
読んでいただきありがとうございます!
また次話で会いましょう!
(次も暴言が飛び交います⋯⋯)