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おまけ:田中のトラウマ

よぉ、俺の名前は田中裕太。都内屈指の名門校に通う男子高校生だ。


 世の中のほとんどの男子高校生と同じように、俺は今、猛烈に彼女が欲しい。中学時代に周りのイケメンが次々と彼女を作るのを見て、俺は肛門括約筋が破裂しそうなほど嫉妬した。


 だから常盤西院高校に入学が決まった時に、高校ではこれまでの俺とは違う路線で攻めようと思ったのさ。

 中学の俺は女子の誰ともしゃべらず、スマホで株価の動きを見ながらボソボソ話すキャラで三年間戦ったんだが、ついたあだ名が『ぼっち・オブ・ウォールストリート』だった。


 もうそのミスは繰り返さないぜ。というわけで高校に入ってすぐ、俺は女子の前で大声で話すようにした。……男子に対してな! 女子に直接話せる勇気があるわけないだろ。


 周りの無謀な連中は学校一可愛い門真京子に軽々しく話しかけて玉砕していたが、俺はそんなことしなかった。身の程をわきまえないと、女にはモテない。というわけで俺は門真を徹底的に避けて、地味な女にアピールしまくった。


 玉砕した。


 そんなこんなで一年が過ぎたころ、俺はあることに気づいた。


 あれ? 門真、俺のこと好きじゃね? って。


 理由は複数ある。まず俺は門真とよく掃除の時間が一緒になるんだが、まったく毒舌を吐かれたことがなかった。俺が聞いてた話じゃ門真は同じ空間にいるだけで再起不能になるぐらいの罵声を浴びせてくると思ったんだが、門真は静かに箒をかけたり雑巾で机を拭いたりするだけだ。俺と目を合わせねぇ。いや、合わせられねぇのか?


 2つ目の理由は、俺が門真に話しかけられたこと事実だ。

 あるとき俺が八坂と昼飯を食ってると、門真が俺の机のあたりを見て「飽きないわね」とボソッとつぶやいたのをたまたま聞いてしまった。そう、俺は毎日同じオカズが弁当に入ってるんだ。そんな細かいところに気づくなんて、俺の事が好きじゃねぇと辻褄が合わねぇだろ? 八坂は間抜けにもコーラをがぶ飲みしてて気づいてなかったぜ。俺はそこでこいつの底の浅さを知ったね。能天気にもほどがある。


 そうなってくるとあと俺がやるべきことは、門真との共通の話題作りだ。俺は門真の所属するパソコン研究部に八坂が入部したことを知っている。あの門真のことだ、さぞかし腹が立っているだろう。というわけで門真の前で八坂の陰口を叩いた。


「あら! あなた分かってるじゃない! そうなのよ」


 という反応が返ってくるのかと思ったんだが、普通にガチ切れ注意された。

 

 俺は浅はかだった。ベランダで膨らませて遊ぶプール並みに浅かった。


 その日以降、門真が俺のことを見かけると、玉筋が凍るんじゃないかってぐらい冷たい視線を感じた。俺はぶっちゃけトラウマになっていた。

 代わりに八坂とはめちゃくちゃ仲良くなった。今ではあいつの陰口をたたいていたことが死ぬほど恥ずかしいし、後悔してる。だが門真は……こえぇよ怖すぎる。


 なのにそんな俺と門真が、班で行動するとはいえ、一緒にデズニーランドへ行くなんて罰ゲームでしかないだろ。


 だがそんな気分は門真のカチューシャ姿を見て吹っ飛んだね。だって本当に嫌いな奴と一緒なら、カチューシャなんてぶん投げて帰ってるだろ?

 それに門真の他にも桃井ちゃんと後藤もいるんだぜ? 


 俺は決めたね。デズニーランドで気分が高揚しているこいつらに、俺の良さを分からせて、好感度をぶち上げるってな。


* * *


 俺は5千円払って買った手の中のポップコーンバケットを呆然と見つめた。

 

 門真を避けるために桃井ちゃんと後藤と並んだが、桃井ちゃんと後藤の和気あいあいとした会話に入れるわけもなく、俺は中学時代と同じようにスマホで株価の動きを見ていた。


「あ? ぁんだよ下がってんじゃねぇか」


 知らない企業の、まったく分からない株の変更具合を見ながらボソボソしゃべってると、桃井ちゃんに一言言われた。


「それ、上がってますよ。中期的に見たら」


 俺は何も言えなくなった。その後も桃井ちゃんと後藤のガールズトークに入れず、いらねぇヘルシーマウスのポップコーンバケツを買う羽目になった。


 購入後、八坂と門真と合流したんだが、そこで俺はあることに気づいた。


 門真の目が優しくなっていた。

 心なしか、朝よりも楽しそうにしていてーー。


 ははーんと俺は気づいた。

 

 門真、八坂と二人でいるのが嫌だったんだな。


 合流するだけでここまで態度が軟化するなら、俺がもう少し盛り上げたら、マジで笑みがこぼれるんじゃね?


 ということで俺は騎士道精神を発揮して、門真にポップコーンバケツを差し出した。


「......もらえよ。俺はいらねーから」

「は? 欲しくもないのにどうして買ったのよ? 自分で処理しなさい」


 株もわかんねーし門真もわかんねーし泣きたくなった。


「じゃあちょうだい」


 八坂が俺のポップコーンバケツを見ながら言った。


「なんでだよ、欲しかったら自分で買えよな、お前」

「今いらないって自分で言ったじゃん」


 八坂が若干引きながら答えるが、関係ねぇ! 男に5千円使うなんて、安眠できなくなるぜ!


「田中先輩、なんで欲しくないのに並んだんですか? もしかして⋯⋯転売?」


 桃井ちゃんがゴミを見る目で俺のことを見た。


「ちげぇよ! その⋯⋯急にいらなくなったんだよ」

「いらなくなったの? ヘルシーマウスがかわいそうじゃん。なんで急にいらなくなったの?」


 後藤がジト目で俺を非難する。


「そうよ。あなた、ヘルシーマウスが嫌いならそのカチューシャ外しなさい」

「先輩、ヘルシー嫌いなんですか?」

「パクチーマウスの方が良かったの?」


 門真、桃井ちゃん、後藤が立て続けにしゃべり、俺は口を挟む隙さえ与えられない。


「パクチーマウスって誰?」


 いつの間にか桃井ちゃんから貰ったポップコーンをボリボリ食べながら八坂が訊いた。


「ヘルシーマウスのガールフレンドよ。全身からパクチーの匂いがするの」

「苦手な人は苦手そうだな」


 八坂と門真がクソほどどうでもいい会話を始めた。


「もう忘れろよ! はやく次のアトラクションに行こうぜ!」


 俺は必死に話題を変えようと歩き始めた。


「つうかスリル系のやつねぇの? 心臓、ばくらせてぇんだけど」


 ポケットに手を突っ込んだまま上空を見て歩いたのがミスだった。足がごみ箱に引っ掛かり、俺は歩道の上にこけた。ポップコーンバケツが大量のポップコーンを地面にまき散らす。


「「「「⋯⋯」」」」


 人間って不思議だよな。見えなくても視線を感じることが出来るんだぜ。

 俺が背後から感じた視線は、注意したときの門真の100倍ぐらい冷たかった。


「なにやってるんですか、先輩⋯⋯」


 桃井ちゃんの本気で引いてる声が聞こえてきた。


 俺は制服のズボンの汚れをポンポンと払い、後ろを振り返った。

 なぜか八坂が一番悲しそうな顔をしてやがった。

 残りの三人は、目の前で欲しかった商品を取られた客みたいな顔をしている。


「⋯⋯やっぱ睡眠不足ってこえーな。凡ミスかましたわ」


 俺にはこれぐらいの誤魔化ししか思いつかなかった。


 俺の名前は田中裕太。都内屈指の名門校に通う男子高校生だ。

 そしてこの1ヶ月でトラウマが2つ出来た。

 

 誰か、助けてください。

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