10−3
リクたちがSランクダンジョンから出てくるまで、数時間はかかった。
ただ、ひとつ他のダンジョンと違っていたのは、モンスターが一切現れなくなっていたことだった。
魔王・アルキスがいなくなったせいなのかは分からないが、満身創痍のリクたちにとっては、これ以上ない予想外だった。
リクはニューに応急手当を受けていたものの、数時間の道を歩くのはそれだけで相当きつかった。
左腕を庇いながら進むたび、体のあちこちが悲鳴を上げた。
ようやくダンジョンを出ると、配信を終えてずいぶん経っているにもかかわらず、大勢の人間が待ち構えていて、リクはよく分からない人たちにマイクを向けられた。
魔王討伐の配信は話題になるとは思っていたが、どうやら想像以上だったらしい。
「魔王を倒したというのは本当ですか」
「ヤラセじゃないんですか」
「ギルドは把握しているんですか」
答えようと思えば、答えられた。けれど、そんな気力はもう残っていない。
「……ごめん。帰らせてください」
それだけ言って、リクは誰の問いにも応じなかった。
その日、魔王を討伐し、ヒーローと呼ばれるはずのリクは、集まった熱気を背にシエルのいるダンジョンへと戻っていった。
数日後
ダンジョンのB1F、フロア中央にある長テーブルにリクは腰を下ろしている。
左腕にギプスを巻いて、肩から吊るように固定しながら、右手で魔導端末を眺めていた。
画面には、巷を騒がすニュース特集と題した討論配信が映し出されている。右上に「魔王の真実に迫る 〜魔王討伐の真偽〜」のテロップ表示がある。
丸テーブルを囲む討論者たちが、「あの配信は巧妙なフェイクだ」とか、「ギルドによるマッチポンプだ」とか、「討伐した人をこの目で見た。討伐は確かにあった」とか、さまざまな意見を応酬させるのを、リクは感慨もなく眺めていた。
しばらくしてから小さく息をつき、別の配信に切り替えようと手を動かす。
その時、フロアの入口が騒がしくなった。
ユズハと、ケイと、シンとニューがフロアに入ってくる。
それぞれ、大小の紙袋を抱えていた。
「あんだけ配信映像が切り抜きで流れてるのになんで陰謀論なんか出てくるんすか?」
一番大きな紙袋を抱えたケイが、シンに向かって不満をこぼす。
「魔王を倒した物的証拠がないからさ。だから、流言飛語が飛び交う」
シンも小脇に紙袋を抱えながら返す。
「配信映像でいいだろ! 納得いかねー……」
そう言ってケイが、ドンと長テーブルに紙袋を置く。口の開いた袋の中から、色とりどりの食材と一緒に、トマトがひとつ転がり落ちた。
テーブルの下へ落ちかけたそれをとっさに受け止めながら、リクが言う。
「お疲れ。買い出し、ありがとう」
穏やかな声に、ケイは小さく唸る。
「……倒した本人が、自分が倒したって言えば、世間の反応も少しは変りそうなんすけどね。リクさん、そういうの一切しないんだよなぁ。取材もインタビューも全部断るし」
「そんなの答えても……」
リクは苦笑する。
「もともと魔王討伐を引き受けたのも、このダンジョンを守るためだ。それができたなら、俺の目的はもう達成してるよ」
「ああ、それなら、大成功」
言いながらケイは後ろを振り向いた。フロアの入口から、シエルが入ってくる。
長く白い髪を揺らしながら、同じく白いワンピースに身を包んでいる。
どこか軽い足取りで、表情もいつもより柔らかい。胸にあった赤い刻印は、もう見当たらない。
「シエル。外はどうだった?」
「案外、ふつうね。……でも、楽しかったわ」
「それなら、よかった」
リクが短く返すその横で、シンがシエルを見ながら呟く。
「アルキス――つまり、呪いをかけていた存在が消えたわけだから、主従の呪いが消滅するところまではわかる」
だが、と小さく首を傾げる。
「同じくアルキスが作ったはずの、シエルを構成する魔術は……消えていない。……謎だな」
「今日はそういう細かいことはいいでしょ。ユズハ、準備しようぜ」
「うん。ニューちゃんも料理の手伝いよろしくね」
声をかけ合いながら、皆が動き出す。
切り分けられた肉料理や大鍋のシチュー、彩りのあるサラダなんかが次々とテーブルに並んでいく。
あたたかな湯気と一緒に料理の色と香りが重なって、テーブルの上がぱっと明るくなった頃、
「い〜い匂い! もうお腹すいたよ!」
「先輩、常にお腹空いてませんか」
そんな声が入口の方から聞こえてくる。ラビとサシャだ。
「打ち上げに参加しにきたよー!」
ラビは首に包帯が巻かれているものの、怪我のことなど気にならないくらいの音量だ。
「すげータイミングですね。もしかして計ってた?」
「やだなあ、偶然偶然! あ、リク、腕大丈夫?」
そう言いながら、ラビはリクの方をほとんど見ず、並び始めた料理を物色している。
「ああ。ラビこそ、怪我は良いのか」
「平気だよ、ぜんぜん。そろそろ始めるよね? 手伝うよ〜」
「ラビさん、ありがとうございます」
ラビは淡い琥珀色の飲み物が入ったグラスを手に取り、要領よくテーブルへ運び始めた。
ほどなく、人数分のグラスが並んでいく。
その様子を横目に、サシャがリクのそばへ近づく。
「今日、正式にこのダンジョンの討伐命令がなくなりました」
「よかった。ありがとう」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です」
サシャは少し言い淀んでから、続けた。
「……ギルドの内部では、魔王が倒されたこと自体は認められています。ただ、それを表に出すかどうかで、まだ揉めていて。当分のあいだ、公表はしない方針になりそうです」
「そうか」
そのやり取りの最中にも、ラビが飲み物の入ったグラスを配って回っていた。
リクとサシャの手にも半ば強引に押しつけるように渡すと、そのままテーブルの端へ移動する。
いつの間にかお誕生日席の位置に陣取ったラビは、グラスを片手に声を張り上げた。
「じゃあ、魔王討伐おめでとー! っていう打ち上げは、ラビちゃんずっと楽しみにしてました!」
「あっというまに仕切ってるよこの人……」
呆れたようにケイが言う。
「ほんとに魔王倒しちゃうなんて、ラビちゃん嬉しい! 討伐おめでと! カンパ〜イ」
「軽ッ! せっかくの打ち上げが……」
そんな声をよそに、グラスを掲げる手がぱらぱらと上がり、あちこちで乾いた音が鳴った。
それぞれがテーブルの料理に手を伸ばし、賑やかな空気が広がっていく。
話を遮られたサシャは、なおも前のめりになってリクに確認する。
「リクさんはそれで良いんですか。功績もなにも、残らない」
「みんながいて、ダンジョンもなくならない。……これ以上はないよ。シエルもダンジョンの外に出られるようになった」
グラスを見つめながら言うリクに、迷いはなかった。サシャはそれ以上なにも言えなかった。
隣で聞いていたシエルが、グラスの縁を人差し指でなぞりながら、「そのことだけど」と切り出す。
「私に少し変化があるの。前は存在しているだけで、特別に魔力を消費する必要はなかった。でも……今は、この体を維持するために、魔力が必要になってるの」
「……え」
「だからこれからも魔力をよろしくね、マスター」
いたずらっぽく、シエルは笑う。
「……マスターって。もう主従の呪いなくなっただろ」
「あら、それなら……リクくん?」
「……くん? それは……」
微妙に返答に困った様子で眉をひそめるリクを見て、シエルは楽しそうに「ふふ」と笑った。
「配信のネタ、決めないとな」
「ん〜? もう考えます?」
独り言のつもりだったが、すぐに声が返ってくる。ケイだ。
「あ、わたし、実は色々考えてて……!」
とユズハ。
「僕としては今まで見たこと無いようなのがいいな」
「ラビちゃんも映してほしいなー」
シンとラビ、サシャ。それにサシャとニューも参加して、一気に騒がしくなる。
リクはそれを眺めながら、小さく息をついて笑った。
次は何をしようか。
みんなといるこの先が、自然に思い浮かぶ。
それはきっと、毎日が楽しくて、良いものになる予感だった。
こちらの話で簡潔となります〜!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!




