10−1
それまでSランクダンジョン最奥のフロア全体を映していた配信の画面に、ケイの顔が映った。一瞬だけ視線をリクとアルキスの方へ向ける。
その先ではシンとニューが戦っている。ちょうど、アルキスの一撃でニューの身体が大きく弾き飛ばされ、シンがとっさに前へ出るところだった。
ケイは悔しそうな顔をしたあと、口を開いた。
「……全然、時間ない。オレも、ユズハも、なんならここにいる全員が、ただの無名な一人だ。でも聞いてほしい。これから言うことは、オレらがみんなに一生に一度をかけて頼むことかもしんないから」
ケイが画面に向かって語りかけている間にも、戦況は容赦なく進んでいく。
リクはサシャに支えられながら、どうにか立っていた。
肩に添えられたサシャの手を掴み、
「一人で大丈夫だ」
サシャは思わず顔を歪める。
「そんなわけ」
「このままじゃ、押し切られる。時間の問題だ」
「でも――」
「大丈夫だから」
そう言って、リクは右腕でサシャの体を押し離した。よろけたサシャが戸惑った表情でリクの顔を見る。
リクはアルキスから目を外していなかった。
呼吸を整え、低く腰を落として構え直す。まだ、諦めていない。勝機を探すことも、やめていない。
諦めるものか。詰むと言うにはまだ、早い。
リクとサシャの後ろから、ユズハはその背中を見ていた。
その表情が、すっと引き締まる。
「ユズハ!」
ケイが呼んだ。ハッとして振り返ったユズハに、静かに、強く言う。
「頼んだ」
そのまま、ケイは自分を映していたカメラをユズハに向けた。
ユズハは一度だけ頷き、ヘッドセットのマイクに手を添える。
レンズの向こうをまっすぐ見据え、語りかける。
「……わたしには、負けてほしくない人がいます。絶対に、勝ってほしい人が」
リクが踏み込む。だが、振るった拳は横からとびだしてきた石柱に阻まれた。
「……でも、わたしは戦えません。だから、わたしにできることは、なんでもしたいんです」
サシャが横から斬り込み、ニューが間を詰める。それも、決定打にはならない。弾き飛ばされる。
「そのために、わたしはここにいます。配信者としてのわたしができること、それは……」
入れ替わるようにリクが再び床を蹴って前に出る。
「みんなと、この配信を成功させること」
シンが後方から魔術を放つ。空間を歪める干渉がアルキスを捉え、リクもそれに合わせようとする。
「さっきまでわたしは、マナチャを投げてもらうことばかり必死になってました。……それだけじゃ、だめ」
だが、アルキスの前に展開された魔術障壁に阻まれ、失敗。
「配信は、一人じゃできません。話す人がいて、支える人がいて、映らないところで動いてくれる人がいて……」
ニューが援護に入り、今度はサシャが踏み込んだ。
「そして、見てくれる人がいます。みんながいて、はじめて成り立つものです」
振りかぶった剣は、突如せり上がってきた石柱に阻まれ、硬い音を立てて弾かれた。
「そんな配信が、わたしは好きです。みんなで作り上げる、この瞬間が好きです」
反撃でニューが弾き飛ばされる。詠唱の途中だったシンも巻き込まれ、地面に叩きつけられた。
「ここにいるみんなと、同じ瞬間を作りたい。この瞬間しかない戦いを、最後まで――一緒に、成功させたい」
全員がアルキスの攻撃を受け、サシャは膝をつき、シンとニューは倒れ込んだ。リクも肩で息をしている。
「だから、お願いです。力を貸してください!」
誰一人として、諦めようとはしていなかった。それぞれが顔を上げ、立ち上がる。
しんと、空気が静まり返った。
その沈黙を踏み潰すように、アルキスが吐き捨てる。
「……飽きた」
手を真正面に構えたアルキスの腕から、黒い魔力が吹き出す。
炎のように揺らめく影が、ぼとぼとと小さく墨を落としながら勢いを増していく。
その中で、ピロン、と音が鳴った。
そして、またひとつ。
さらに、もうひとつ。
ぽつり、ぽつりと投げられていたマナチャは、やがて途切れずに届きはじめる。
『負けないでー!』
『最初から協力する気だった!』
『応援します』
『やる気はあったよ』
『そこまで言われたら』
リクが着けている手甲にも変化があった。優しい暖かさが伝わってきて、マナチャが投げられるたび、内にある力が上向いていく。思わず、手甲へ目を落とす。
――これなら。
そう思った瞬間、アルキスの放った黒い魔力が、一直線にリクへ向かって伸びる。
反射的に右手を振るう。衝突した黒い魔力は砕け、霧のように散った。
――行ける。
アルキスが、訝しむように目を細める。
「今の一撃を、貴様が弾けるものか」
鋭い視線がリクの手元へ落ちたかと思うと、鼻で笑った。
「所詮、その場しのぎで寄せ集めた魔力だ。だが……」
アルキスの表情が不敵な笑みに変わる。
「その力を侮るほど、愚かではない」
アルキスを中心に、圧が増した。肌を刺すような魔力の気配が、はっきりと分かる。アルキスが出力を上げた。
チャンスはあと、一度しかない。今のアルキスに対して、勝ち切れるのか。
……一人では無理だ。
リクは振り返らず、背後のサシャに声をかけた。
「サシャ。さっきの、覚えてるか」
「え?」
「アルキスの攻撃と、ほぼ同時にサシャが攻撃したときだ。……あのとき、障壁が発動しなかった」
サシャは一瞬、眉を寄せる。
リクはサシャを見ずに続けた。
「……あれと同じことを、もう一度できるか」
サシャの目がわずかに見開かれる。
「あ、あれは偶然で……それに一瞬ですよ? たった一瞬で……」
「それでいい。今なら、きっとアルキスを倒せる。ただ……俺は左腕が使えないし、アルキスもこれまで通りじゃない。勝つためにはあの一瞬が必要なんだ。だから……」
「いいよ」
間を置かず、シンが横から言った。
「悩む時間はない。この作戦でいこう」
「……作戦?」
「僕たちが引きつけ、サシャが隙を作って、君が殴り倒す。簡単だ」
シンらしくない提案だった。でもそれを反論している時間もない。
「わかった」
サシャも遅れて頷いた。
「……行くぞ」
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