8−2
リクたちは再びSランクダンジョンへ乗り込んだ。戦闘に回るメンバーはリク、シン、ニュー、サシャの四人。配信担当がユズハとケイの二人で、合計六人の編成だ。
転移した先は昨日とは違う場所だった。だだっ広いといっていいくらいの広間で、隠れるような障害物もなく、視界の先に通路の入口が見える。抜け道らしいものも見当たらず、どうやらここは行き止まりになっているらしかった。
「Sランクダンジョンて、こんな、何もないとこなの……?」
「ケイくん、準備!」
「あ、おう」
きょろきょろと見回していたケイが、背負っていたバッグを下ろしてユズハと撮影の準備に取りかかった。移動しながらの撮影に特化した小型の機材を、二人で次々に取り出していく。ユズハはヘッドセット型のマイクを装着し、ケイは手のひらサイズの配信用カメラにスティック状の取っ手を取り付けている。
リクはダンジョン全体の気配に意識を向けた。ユズハとケイが機材を扱う無機質な音だけが広間に反響していて、それ以外、何も聞こえない。魔王と戦ったダンジョンとは思えないほどあたりは静まり返っていて、不気味なくらいだ。シンやニューも気を張って周りを伺っているが、異常は察知できないようだった。
その静けさの中、サシャが魔導端末の画面を見ながら言った。
「……もうすぐギルドの配信が始まります」
リクのほうに向けられた画面にはギルド公式のチャンネルが映っていて、開始待ちのコメントが無数に流れている。
「うっし、準備できた! ユズハ、オレは撮影メインでやるけど、なんかあったら言って」
ほどなくして、バッグを背負いながら片手にカメラを持ったケイが声を上げる。ユズハも頷いて、リクに向き直った。
「わたしたちの準備はできました! 配信、始めます!」
「頼んだ」
リクも短く返す。ケイがカメラのスイッチを押し、ユズハたちの配信が始まった。
「こんにちは! えっと、昨日、少しだけ告知したんだけど……なんと! ダンジョン攻略の実況配信やるよ!」
ユズハの声がダンジョンに響いた。ケイが言っていたとおり固定ファンが何人か来ているが、コメントはぽつぽつと流れるだけで、大きな反応はない。
『ダンジョン攻略って珍しい』
『どこのダンジョン?』
『びっくりする場所で配信って言ってたけど』
「実はここSランクダンジョンの奥でね……」
説明を始めるユズハ。どうやら事前の告知ではどんな配信をやるかは細かく伝えていなかったようだ。そのほうが視聴者の気を引いて、ゲリラ配信的な演出ができると踏んだのだろう。
「わたしたちはひとつ、大きな記録を樹立しようと思って、配信しました! 記録? ここはどこって言ったでしょうか? そう、Sランクダンジョンです! Sランクダンジョンといえば、あの魔王がいると言われているダンジョンだよ! わたしたちは、今日、魔王を倒します! みんなにはその目撃者になってもらいたくて――」
「ギルドの配信が始まりました」
サシャが、音を拾わない程度の声でリクに知らせる。魔導端末は音声を切って、映像だけが表示されている。
配信画面には、ダンジョンの入口と思しき場所が映っている。巨大な石造りのアーチをくぐった先に広がる広場で、何人もの冒険者が待機していた。司会の女性がマイク片手に冒険者たちを紹介し、周囲には彼らを一目見ようと集まった一般客が、一定の距離を保ちながら見物している。コメントも目で追えないほどの速さで流れ、マナチャが景気づけとばかりに次々と投げ込まれている。攻略が始まってすらいないのに、大盛況と言っていい立ち上がりだ。
一方、ユズハの配信ではSランクダンジョンの名前を出した途端、“本当にSランクダンジョンなのか?”と疑うコメントばかりが流れていて、まず嘘の配信でないことを説明するので必死だった。
『そこがSランクダンジョンだっていう証拠は?』
「証拠……ここには魔王がいて……」
とフロアを見回すものの、あたりにはユズハと、リクたち以外なにも映り込まない。
「う、嘘なんかつかないよ! 本当に、今日、魔王を倒すから、皆に協力してもらいたくて……あ、ちょっと待って、まだ配信始まったばかりだから!」
ユズハの説得もむなしく、せっかく集まった視聴者も数を徐々に減らしていく。マナチャを集めるには配信の成功が前提だ。が、そもそも、魔王と遭遇しなければこの計画は成立すらしない。
しかしこの静けさはあまりに不自然だ。魔王がいないのではない。気配を感じないのは、こちらの動きを読んだうえで出てこないとしか思えなかった。
シンも同じ考えに至ったらしく、「見張られているなら、こっちから魔王を探しに行ったほうがいいんじゃないか」とつぶやいた。
「あっ」
サシャが声を上げた。
ギルドの配信で異変が起きていた。ダンジョン入口に五メートルはある黒いドラゴンが突如として姿を現し、暴れ回っている。前触れなどまったくなく、まさにいきなり現れたようで、冒険者たちは不意を突かれ散り散りになりながら応戦している。
これまでダンジョン外にモンスターが出てきて暴れるという事件は聞いたことが無い。
サシャもリクも神妙な顔で画面を見つめる。不安げになったユズハに、ケイは「いいから続けて」と手を軽く振って合図した――そのときだ。
立っているユズハの向こう、フロア入口の薄暗い影の奥で、動く何かをカメラが捉える。ケイが血相を変えて、カメラを構えたまま「後ろ! 後ろ!」とユズハの背後を指差す。ケイのただならない様子に、ユズハは肩越しに振り返った。リクとサシャもつられて、ケイの示す先へ目を向ける。
暗がりの奥から、ひとつの影が姿を現した。
それは人の形をしているのに、まるで影だけを無理やり立体にしたような存在だった。生きている気配がない。……人間ではない。その影は動くたびに体の表面から黒い塵を散らしながら、ゆっくりと近づいてくる。
『なにあれ?』
『あれが魔王?』
「あ、……あれは……その……魔王、じゃ……?」
ユズハはしどろもどろになりながら、答えを求めるように視線をリクたちへ向けた。
「違う……影の従者を作り出す魔術だ」
シンが応じる。リクとサシャへ視線を寄せながら続けた。
「僕も似たような術を使えるけど……あんな無貌人形にする趣味はないね」
無貌は足を止めたかと思うと、震わせながら体を丸めた。直後、黒い触手のようなものが生え、一直線にユズハへ伸びる。
「きゃあ!」
しゃがみ込むユズハと無貌の間に、リクが咄嗟に滑り込んで、腕でその一撃を弾いた。触手は砕け散るように塵になって消える。
「リク! この魔術は術者が近くにいながら制御するものだ」
「ということは――魔王は近くにいるはず」
リクは無貌を睨む。入口から、二体目、三体目と、無貌が間を置かずに姿を現してくる。
「まずは目の前の敵を倒す。……手伝ってほしい」
リクのその言葉でシン、ニュー、サシャが身構える。
無貌たちが一斉に襲いかかってくる。リクが前に出て迎え撃ち、サシャが滑り込んでその隙を埋める。ニューは言葉ひとつ発さず、無貌の動線に割り込み、最小限の動きでその攻撃軌道をずらしていく。それを一部始終、ケイのカメラは捉えていた。ユズハたちがただならぬ状況にいるのは伝わるのか、コメントは徐々に真剣味を帯びたものが増えていく。
『ヤバそう』
『これまじ?』
ユズハは立ち上がって、ちらりと背後の戦況を確認し、表情を引き締めてカメラへ向き直った。
「わたしたちは今日、魔王を倒します。でも、倒すためには、それを見届けてもらうには、みんなに協力してほしいことがあります……!」
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