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8−1

 リクはベッドの端に腰を下ろし、ぼんやりと指先を見つめていた。

 マナチャで魔王に対抗する作戦。頼むのはユズハとケイ――戦えない二人だ。無茶はさせたくない。それでも時間はなく、他の手もない。その矛盾ばかりが、頭の中でぐるぐると回っていた。


 そのとき、部屋の扉がノックされた。


 扉を開けると、小さなトレーにカップを乗せたユズハと、その隣に立つケイの姿があった。

 二人ともどこか神妙な面持ちをしている。リクが何か言おうと口を開きかけたその前に、二人は短く目を合わせて頷いた。


「配信、します。Sランクダンジョンで」


 ユズハが言い切る。ケイも隣で「っす」と短く続いた。


 その目はまっすぐで、覚悟を訴えている。けれど、身体は緊張していて、言ったはいいものの不安が消えたわけではない――そんなふうにリクには見えた。それでも、こうして自分のところへ来て「やる」と宣言してくれた。


「……そうか。よかった」


 思わず笑みがこぼれた。


「最高の配信をしてほしい」


 その言葉を聞いたユズハとケイは、肩の力が抜けたように笑顔を見せた。


「うっし、じゃあ配信の準備してきます! もー、まじで時間ないんで!」


「視聴者のみんなに告知もしてないし、今すぐやらないとね……! でもこの告知の仕方も考えないとだ……」


 ユズハも負けじと笑顔で続ける。そして思い出したように「あっ」と声を上げた。


「飲み物、持ってきました! ココアですっ!」


 カップを差し出すユズハ。受け取ったそれは少しぬるくなっている。


「ありがとう。なにか俺も手伝――」


 言いかけたのを、二人が同時に遮った。


「リクさんは休んでてください! 任せてほしいです!」


「そうっすよ! オレらがここに来たのはあれです、報告! 言いに来ただけなんで!」


 ケイの言う通り、あっという間に二人はリクの部屋を後にした。

 どんな準備をするのかはわからないが、ユズハとケイが任せてほしいといったのだ。それなら、これ以上心配する必要はないだろう。


 カップをサイドテーブルに置き、ベッドに腰を下ろそうとした。そのとき、ノックの音がした。


 さっき出ていった二人が何か言い忘れでもしたのかと、リクは「開いてるよ」と声をかける。しかし返事はない。

 扉を開けると、今度そこに立っていたのは、シエルだった。


「……シエル?」


「魔道具のことについて話をしたいのだけど……」


 見上げて言うシエルはいつも通り無表情に見えたが、口調は探るようだ。


「いいよ。……あ、魔道具のことなら皆にも話しておいたほうが良いか。共同スペースに行こうか?」


 そう言うとシエルは少しだけ顔をしかめる。


「ここでいいの。マスターは休んでと言われていたはず。……だから、私が来たのに」


 ユズハとケイに続いて、シエルにも全く同じことを言われてしまった。


「必要なら、あとで説明しておくわ」


「わかった。じゃあ……」


 リクはシエルを招き入れる。扉が閉まって一拍置いたあと、シエルは振り向いて話し始めた。


「魔道具をここで作ろうと思うの」


「今、ここで?」


「……魔道具を使うのはマスターだけだもの。それに……作ってしまうと帰還するための魔道具は作れなくなってしまうから」


 そこまで言うと、シエルの瞳が揺れた。迷いが残っているように見える。


「本当に作って良いの?」


「ああ……もう決めたことだから。シエルに作ってほしい」


 リクの言葉を聞いて、シエルはうつむいた。ほんの一瞬、その覚悟を飲み込むように息を止めて、


「わかったわ」


 と静かに言った。


 シエルはそのまま手のひらを差し出してきた。赤い魔鉱石が乗っている。

 軽く握られたかと思うと、柔らかい光に包まれてみるみるうちに形を変えていく。


 光が収まるころには、手甲ができあがっていた。造りはシンプルで、リクの動きやすさを重視した形状だ。革のような素材に、手の甲だけを覆う金属のガードが取りつけられている。中央には赤い魔鉱石が埋め込まれ、その輝きを縁取るように、革全体に赤い幾何学模様の刺繍が走っていた。


「これは……」


「マスターは爆弾のような、と言っていたけど。それは一度きりで、自分も巻き込む前提でしょう? このほうが魔力をうまく扱えると思うし……爆発なんかしないわ」


 手甲を手に取ると、じんわりと温もりを帯びていてまだ使ってもいないのに、まるで最初から自分のものだったかのような気さえしてくる。


「ありがとう。シエ――」


 と言いかけたときに、シエルがリクに抱きついてきた。首元に腕を回して、なにかを確かめるようにきゅっと力がこもるのが伝わる。


「……負けるようなこと、しないで」


 リクはシエルの頭に手を乗せながら、安心させるように、笑って答えた。


「大丈夫。勝つよ」


 シエルはわずかに力を抜いた。声にならないくらいの声で、ふふ、と満足そうに笑った気がした。



 翌日、ラビを除いた全員が共同スペースに集まっていた。ユズハとケイは、前の夜から動けるだけ動いたせいか、少しだけ張りつめた表情をして、気合は十分に入っているようだった。シンとニューはいつも通りで、リクはシエルから受け取った手甲をつけ、皆の前に立った。


「サシャ、Sランクダンジョンの攻略イベントはもうすぐ始まるんだろ?」

「……はい」


 サシャは気まずそうに答えた。


「じゃあ、行こう。……サシャはどうする?」


 リクに問われ、サシャはためらう。視線をみんなに向け、そして小さく下を向いた。


「行っていいんでしょうか」


 その声は、自分を許していいのか確かめるような響きだ。


「自分は、魔王を前にすると頭が真っ白になって動けませんでした。……自分は、魔王が怖い。今度また同じ場面に遭遇して、あなたたちの足手まといになってしまうのが怖い。でも……自分で撒いた種です。なんとかしたい」


 サシャは拳を握っていた。わずかに震えているのが見て取れる。


「俺も、負けたらと思うことはある。けど、そうならないように立ち向かっていきたい。サシャは魔王を唯一近くで知ってると思うから、力を貸してくれると助かる」


「これまで魔王のことを黙ってた自分を、どうしてそんなふうに言えるんですか」


「うーん……サシャが魔王に力を貸したのは、自分を認められたいから、だったと思うんだけど。俺だって前にいたパーティでは地味だって言われてた。だからサシャの気持ちも少しはわかるんだ。……まあ俺の場合は推しがいたから……あ、いや、なんでも」


「え? なんです?」


 リクは照れ隠しに視線をそらしながらつぶやく。


「……推しがいたからいいかって思えてた、ような」


「推し……」


 とサシャが反復する。


「ああ、リクさんステラ推しでしたもんね。まさかそんな効果があったとは、ステラも思わないだろうな〜」


「終わったって、それは。とにかく、もし俺が会ったのがシエルじゃなくて、魔王だったとしたら。サシャと似たようなことをしていたのかもしれないし……だから責める気はないんだ」


 サシャは驚いたようにリクを見て、それから表情をやわらげた。


「……ありがとうございます。自分も……推し、作っておきますかね」


「推しはいいぞ」


 リクが即答する。その言葉に、みんなが吹き出した。張り詰めていた空気が一気にゆるむ。そのタイミングで、リクが改めて言った。


「行くか。魔王、倒しに」


 その一言に、誰も異論を挟まなかった。そして転移の魔道具が起動し、ダンジョンにはシエル一人だけが残ったのだった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

とくに派手な回でなくとも、楽しんでいただければ幸いです。

コメントやお気に入り登録などしていただけると、とても励みになります。

それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!

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