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7−2

 リクが部屋に戻ったあと、残ったケイ、ユズハ、シエル、そしてサシャは、誰が口を開くのかお互いの様子を伺っていた。リクに「まかせて」と言った手前、ユズハとケイは何か良い案を出さねばと考えているようだったが、すぐに代案が出るわけもない。そんな二人を前に、シエルもサシャも言葉を選びかねているように見える。考えているようで、実のところ誰も具体的な案を思いついていない。そんな気まずさと、誰かが何か言ってくれるのではという期待が、場を包んでいた。


 その空気の中、影響されていないのが二人。シンとニューだ。シンが神妙に「うん」と頷いたので、なにかあるか、と全員の視線が集まる。だが次に出た言葉は「飲み物がほしいな、ニュー」。いつもと変わらぬ調子の一言だった。ニューは即座に立ち上がってキッチンへ向かい、シンの言葉を遅れて理解したらしいユズハが、慌てて「て、手伝います!」と後を追った。


 ほどなくして、小さなトレーにコーヒーカップを乗せたユズハが現れる。そのままラビとリクの部屋へ向かっていくと、入れ替わるように大きめのトレーを持ってニューが姿を見せた。ニューは共同スペース中央にある長テーブルに座っているケイたちの前へ、時計回りにカップを並べていく。

 シエルの前にはホットティー、サシャとシンの前にはホットコーヒー、そしてケイの前には、緑色の液体が入ったカップが置かれた。


「……なにこれ?」


「エナジードリンクです」


「今この雰囲気で!?」


 ニューの即答に、ケイは思わず突っ込んだ。


「お好きですよね」


「いや、よく飲んでるけどさ」


 どうやら、ニューが用意した飲み物はすべて個人の好みに合わせているらしい。


「頭が働くし、いいじゃないか。僕もたまに飲むよ」


 シンは笑いながらコーヒーを啜る。その一連の所作が妙に優雅で、ニューが「ミルク、砂糖はこちらに」とピッチャーとシュガーポットを並べる様子も、まるで日常のひと幕のようだった。


「さて、どういう配信をしたら、大量のマナチャを獲得できるかな。前みたいな、古代魔術を再現するだけの配信では到底無理だろうね。サシャ、君こそなにかいい案はないのか?」


 その口調は穏やかで、まるで雑談の延長のようだったが、話題はれっきとしたマナチャをより多く集めるための配信案だ。話を振られたサシャも「え? いえ、すみません……」としどろもどろになる。シンの切り替えの早さというか、空気の読まなさについていけずにいるようだ。


 当たり前に別の手を考えようとするシンに、ケイは「なんか、すごいっすね」と言葉を漏らした。


「すごい?」


「いや……さっきまであんま良くないっていうか、暗い話が続いてたと思うんすけど……。リクさんもだけど、よく普通に次どうするかなんて話できますね」


 シンは少し意外そうに眉を上げ、コーヒーを再び啜ってから、ふむ、と小さく息を吐く。


「怖いなーとかそういうのは無いんすか?」


「怖い、というのは魔王に対して?」


「そうですよ。オレ、ここで留守番してる時は何かできればって思ってたんすけど、いざ自分が魔王の前に飛び込むって考えたら、それだけでビビっちゃって……。リクさんのサポート込みで冒険者と戦ったことならあるけど、今回はそうもいかないでしょ? ましてシンさんとニューは怪我までしてるし、今度はもっとヤバいかもとか、考えないんすか」


「可能性としては十分にあるよ。けど、悪い方ばかり考えても進まないからね」


 シンはあっけらかんとした口調で答える。


「なにも、怖いという感情が無いわけじゃない。しかしそれを上回る使命感が僕を動かすのさ」


「使命感? 討伐しなくちゃなんないってことすよね? ……シンさんはどうしてそんなに魔王討伐したいんすか?」


 カップを口に運ぶシンの動きがピタリと止まる。「そうだな」と溜めて言うその声に、崇高な志を期待したのか、ケイは身を乗り出した。


「どうしてだろう」


 ズッコけるケイに、シンは構わず続ける。


「僕は、ラビみたいに魔王に直接の因縁があるわけじゃない」


「無いんすか……」


「うん。どちらかといえば、因縁があるのは僕の家のほうでね。君たちに魔術戦争の話をしたことはあったかな」


 ケイは何だっけ、とでも言いたげな顔をして、記憶をたどるように眉を寄せる。が、どうにも思い出せないらしい。


「魔王がまだ人として生きていた頃、つまり数百年前、魔王が起こした戦争だよ。まあ、そんなことはどうでもいい。要はその魔術戦争で魔王を止める側についた一族の末裔なのさ、僕は」


「まじすか……ん? ああっ!」


 シンの言葉で記憶が蘇ったのか、声が出たのと同時に指を鳴らした。


「そういえばニューが言ってた気する! シンさんは昔、貴族だったとかなんとか!」


「ニューが言っていたのか。今は名前が残ってるだけで形骸化してるけどね。それでも歴史を遡ると、なんだかんだと魔王に関わるとされている事件や災害が起こるたびに積極的に関わって、人々を助けているんだよね。物好きなものだよ」


 シンは肩をすくめる。


「そうなると、だ。僕もまた一族に倣って、今の魔王を止めるべきだろうと考えたんだ」


 ケイは「はあ」とだけ言い、一拍おいて目を見開いた。


「えっ? それだけすか?」


「それだけだ。ちなみにニューも、僕と同じような理由だ」


 促されたニューは静かに一歩前へ出て、深く礼をする。


「はい。私の一族も長い間、シン様の一族を補佐する立場にありました。ですので今回もまた、例に漏れず補佐を遂行いたします」


 ケイは再び「……あ、はあ」とだけ言った。


「理由なんてそんなものだ。有り体に言ってしまえば、これは矜持というやつだよ。やらねばならない使命だ」


 そう言ったシンの表情には、確かな意志が感じられた。誰に命じられたわけでもない自らの決意が、無意識のうちに口角を上げているのだろう。それは誇示でも挑発でもなく、静かな自信に満ちた笑みだった。


「なんでもいい、君にはそんな矜持はあるか?」


 そう言われて、ケイは一瞬、息を呑んだ。驚きの色が走り、次第にその表情が真剣味を帯びていく。


「これでも……配信者の端くれっつーか……。オレって結構若手な方だったから、体当たりで何でもやってって、リアクションが面白いって言ってくれる人がようやく増えてきたから今があるっていうか……」


 ケイは自分の気持ちを整理するように言葉を紡いでいく。


「うん? どういうことだ?」


 シンをはじめ、皆の視線が自分に向いていることに気づき、慌てて誤魔化すように声を張った。


「つまりは! なんでも体当たりでやってく配信者なの、オレは!」


 言い切ると、少し肩で息をするケイ。


「はぁ〜……じゃあ今回だって体当たりで……Sランクダンジョンに乗り込んで配信するしかないじゃん、オレ。……こんなちっさい理由でもいいんすかね? 腹くくって」


 諦めるように言うケイ。


「いい覚悟じゃないか。理由に強いも弱いも、大きいも小さいも無いと思うけどね、僕は」


 ケイは改めて覚悟と言われたのが気恥ずかしいのか、「い、いや、まあ、ほんと、別に大したもんじゃなくて」と言いながら、話題を変えるように呟いた。


「あれ、ユズハは……まだ戻ってないのか」

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

とくに派手な回でなくとも、楽しんでいただければ幸いです。

コメントやお気に入り登録などしていただけると、とても励みになります。

それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!

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